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村弘氏穂の日経下段 #10(2017.6.3)

きみは森迷えば雨が降りだして木の実のような記憶を落とす

(東京 鈴木美紀子)

 森に雨が落ち、木から実が落ちる自然界の摂理。それを人間界をさ迷う者の摂理に擬えて、見事に落とし込んでいる。上下両句に存在する絶妙なメタファーをより際立たせているのは、一首を通して存在する英詩のような音の強弱だろう。繰り返し読むと、雨がつくりだした森のクリークが、せせらぎを美しく奏で始める。森には行き先を見失う危うさもあるが、か弱き者を包み込むやさしさもあるのだ。




封筒に昼間書いてた町の名を夕方に見る火事のニュースで

(名古屋 神山知之)

 不意に現れた奇妙な衝撃を詠んだようだが、その不穏な結句に切ない詩情が宿った。ニュースを目にしなかったならば、焼却されてしまいそうな記憶が、火事という災いを知ったことで、予言めいて蘇ったのだ。どういうわけか、僥倖のニュースからは、現代詩が生まれにくいようだ。したためる事などせずに微笑んで忘れてしまうんだろうきっと。昼間に被災地の宛名を書いたのは、アガスティアの葉だったのかもしれない。



銀河にも迷子がいます目を凝らし多肉植物の葉を撫ぜていく

(東京 安西大樹)

 銀河とは、マミラリアの球状のサボテンだろうか。だとすると、迷子は虫であろう。乾燥した過酷な環境下で生き抜く多肉植物も、迷い込まれてしまった害虫には、けっこう弱いらしい。末尾が「撫ぜている」ではなくて「撫ぜていく」であるところに、花を咲かせるために、迷うことなく真っ直ぐに抗う意気を感じる。おそらく銀河系における迷子とは、天災人災の防衛に迷走して、徒花を咲かせてしまうこの地球なのだろう。

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