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村弘氏穂の『日経下段』2017.4.1~

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土曜版日本經濟新聞の歌壇の下の段の寸評
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2018年3月の記事一覧

村弘氏穂の日経下段 #50(2018.3.24)

村弘氏穂の日経下段 #50(2018.3.24)

あらゆる場所の矢印を反転させてふたたびきみにはじめてあいたい
(横浜 安西大樹)

 上の句の世にも奇妙なストーリーテリングが読者を惹き付ける。そのシチュエーションももちろんだが、『ふたたび』と『はじめて』が同居する矛盾めいた下の句も魅力的な作品だ。『再び』とは当然ながら一度目の経験に基づいて使われる言葉ではあるが、仮に記憶が真っ新な状態に戻れば初回と同様の感激が得られるだろう。それは初めて買った

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村弘氏穂の日経下段 #49(2018.3.17)

村弘氏穂の日経下段 #49(2018.3.17)

世界すべてが凍つた朝にきみの手がバケツのなかからすくふ満月
(見附 有村桔梗)

 20xx年、スノーボールアース現象に見舞われた地上で凍結を免れた個体が二つだけある。それが『きみ』と、それを見つめている作者だ。まるでサイエンス・フィクションの映画の感動的なラストシーンのようだ。バケツの中の液体ヘリウムに映る満月は、望月だから希望のメタファーだろうか。『きみ』がそれを掬い出すことは世界を救うことに

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村弘氏穂の日経下段 #48(2018.3.10)

村弘氏穂の日経下段 #48(2018.3.10)

ハンケチは週に三回かえろと言う百六十度違う考え
(東京 川良 傑)

 百六十度の差異とははたしてどのくらいなのだろうか。時計の針の六時を百八十度としたならば、五時五十五分くらいの位置だ。つまりは真逆にかなり近い考え方ということになる。しかし、ハンケチの交換サイクルに関してそんなにも違う考えなどあるのだろうか。週三回とは大きくかけ離れたハンケチの交換回数となると、三ヶ月に一回程度になってしまう。仮

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村弘氏穂の日経下段 #47(2018.3.3)

村弘氏穂の日経下段 #47(2018.3.3)

本町に車三台とまってて雪の帽子はみんなおそろい
(兵庫 みずのよう)

 神戸の本町のような決して雪国ではない地域で雪を目にしたときの感想は、子どもの頃と大人になってからでは明らかに違うだろう。妙にテンションがあがったり、寒さも忘れてはしゃいだりすることは年齢とともに減ってゆくはずだ。しかしこの作品は子どもごころに溢れていて、そこに高揚感を見出せる。三台の車を擬人化したり、積雪を帽子に見立てたりと

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