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歌集評・一首評・その他書評

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歌集評や同人誌などの一首評、小説の書評です。
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#読書の秋2022

【書評】『東京バンドワゴン ハロー・グッドバイ』小路幸也(小説)

(作品の内容を含みますので、少しでもネタバレしたくない方は ぜひ作品を読んでからお越しください) 17作目である。 「東京バンドワゴンシリーズ」は、もう17作目なのである。 ・・・彼らと共に、私は17歳、年を取ったということになる。 1年に新刊が1冊出て、登場人物も一つずつ年を重ねるという作品だからこそ生まれる味わいだ。 そして何より、継続して書かれているからこそ起こるミラクルである。 この物語は東京の下町にある「東京バンドワゴン」という一風変わった名前の古本屋(カフェ

【一首評】短歌同人誌「パンの耳」6号(後半)

短歌同人誌「パンの耳」6号、一首評の後半です。 されど人は砲声にも慣れ剝き出しの瓦礫の道を買物に行く                松村正直「烏鷺の争い」 ロシアのウクライナ侵攻について真正面から詠んだ一連。 このことについて書かれた短歌はすでに多いと思うが、それでも詠まねば、という強い意思が感じられる。 この状況でもその町で暮らし、爆撃で瓦礫が山となった道を歩いて買い物に行く人々。 いつ爆弾が飛んでくるかもしれないのに、どうして、と思ってしまうのは、遠く離れた私の勝手な

【一首評】短歌同人誌「パンの耳」6号(前半)

「パンの耳」は松村正直さんを中心とするフレンテ歌会の皆さんが 年に1回発行している同人誌。 発行後には「パンの耳を読む会」という場を設け、 連作を作った後、それをしっかり読み直したり批評し合ったりという場も大切にされている。 今回は「パンの耳」6号から各同人の皆さんの連作一首評の前半部分を。 話すほど遠ざかる午後テーブルにアップルティーは明るく澄んで                弓立悦「三日月の匂い」 下句の伸びやかな明るさに惹かれる一首。 アップルティーという言葉の響

【一首評】短歌同人誌「柊と南天」5号

「柊と南天」は塔短歌会所属の昭和48、49年生まれの同学年の同人誌。 毎号工夫された誌面で、楽しく読ませていただいている。 今回は、その中から各同人の皆さんの連作一首評を。 快速はプラットホームを過ぎてゆく手元で伸びる直球に似て                竹内亮「似ている話」 体感としてなんだかとてもわかる気がする一首。 この駅では停車しない快速電車が、プラットホームを通過してゆく。 あの、すーっと滑ってゆくような感じ。 スローなのに、ぐん、と加速するようなところが、

【書評】『氷柱の声』くどうれいん(小説)

(作品の内容を含みますので、少しでもネタバレしたくない方は ぜひ作品を読んでからお越しください) 小説のあとがきに、以前の作者はこの小説のテーマについて、「うまく言葉にすることができなかった」と語っている。 けれど時を経て、作者は「それ」を小説という形で言語化し、差し出すことができた。 読者である私は「それ」を確かに受け取り、そのことについて、胸の内にある深い水の中を探りながら、感想めいたものを書こうとするのだが こうして文章にしようとするとまた、するりと抜け出ていってしま

【書評】『花』奥田亡羊歌集

生きること、輪廻、働くこと‥様々な方向から己の存在を揺さぶられる、そんな歌集だった。 またボカロPのtamaGOとの競作があったり、総合誌『短歌研究』の企画「平成じぶん歌」の一連、様々なテーマ詠など、実験的な作品も多く、静かな語り口ながら起伏にとんだ一冊。 歌集中の短歌は基本的に、意味で切れる箇所で行を変えた、2行分かち書きになっている。 私はあまりこの表記方法での歌を読んだことがなかったため、とても新鮮だったし、読みやすかった。 Ⅲ章だけは1行(この歌集では)21文字で自

【書評】『雪麻呂』小島ゆかり歌集

人、人でないもの、動物、昆虫。 沢山の登場人物がゆきかう歌集だが、騒がしいわけではない。 優しく、はかなく、温かい。 全編を通して、わかりやすいシンプルな表現の歌集。 その分、読者の胸にすっと入ってきて、 気づけば様々な感情を手渡されている。 ひかり濃くたまるまひるの薔薇園にひとつひとつの棘生きてをり 白鳥の池に雪ふりゆきのなかにやはらかく立つ天然の頸 三羽ゐて二羽きて五羽きて一羽発ちみな飛び立てる鳩のなりゆき 生くる蟻が死にたる蟻を通過する夏のいのちの無限数列 お

【書評】『イマジナシオン』toron*歌集

あちらこちらの評ですでに書かれていることと思うが、 一首の立ち姿が美しく完成されている歌が多く、 メモしていたらメモだらけになって、困っている。楽しい困惑。 真っ白いジグソーパズル落ちており ではなくすべて花びらだった 果てしない夜をきれいに閉じてゆく銀のファスナーとして終電 その喉に青いビー玉ひと粒を隠して瓶はきっと少年 その街のLoftの袋を提げたとき灯りのひとつになれた気がした 作者が「何かを何かに見立てる」とき、想像もしなかった情景が鮮やかに立ち上がる。 1

【書評】『音楽』岡野大嗣歌集

歌集全体を通して、明るさや楽しさを醸し出すのは、 辛さや怒りを醸し出すより難しい、と思う。 それをこの歌集は、鮮やかにおこなっている。 そして明るさや楽しさは、せつなさも伴ってくる。 なぜなら明るく楽しい時間は有限だとみんな知っていて、 みんな知っていることを作者は知っているから。 残念ながら次が最後の曲ですと残念をみんなで抱きしめる 持ってるしいつでも聴ける曲やのにラジオで流れるとうれしいね 大工さんたちが木陰でうなだれて大所帯バンドのジャケみたい 人はみなこころに

【書評】『駅へ 新装版』松村正直歌集

2001年にながらみ書房から刊行された著者の第一歌集の新装版。 フリーターですと答えてしばらくの間相手の反応を見る 日が落ちてブランコだけが揺れている追いかければまだ追いつくけれど 定職のない人に部屋は貸せないと言われて鮮やかすぎる新緑 歌集冒頭の連作「フリーター的」から。 作者は長らくの間、定職を持たずに様々な町で暮らしていた。 それは自分が選び取った生き方ではあるのだが、 どこか、社会的な規範からは外れているという思いがあったのだろう。 「フリーター」という言葉が

【書評】『白亜紀の風』佐藤モニカ歌集

海風のよき日は空もひるがへりあをき樹木に結ぶその端 とほき世に貸し借りをせしもののごと今朝わが肩に落つる花びら ペットボトルのなかに弾ける泡がありそのひとつひとつなべて喝采 白き帆の美しき表紙の本を置きそこより始まる夏と思へり 沖縄在住の作者の第二歌集である。 まず心惹かれるのは、作者のおおらかな世界の捉え方である。 気持ちのよい海風が吹く日に、空の一端を木に結ぶという美しい空想。 肩に落ちてくる花びらは、遠い時代に貸したものが返ってきたのではないかというふとした思い