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「女性君主なら平和」というイメージは真実なのか

女性君主なら平和に?

 心理学者のスティーブン・ピンカーは、男性が「世界のほとんど全ての戦争と虐殺」を計画したと唱えた。

 政治学者のフランシス・フクヤマは、「一般に男性よりも平和と協調を好み、軍事的介入に否定的な女性たちが政治を司れば、世界の紛争は少なくなり、より協調的な世界秩序が誕生するかもしれない」と述べた。

 チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世法王は、二〇一七年二月二十三日のダラムサラにおける講演の中で、「一般的に見て、女性は男性のように攻撃的ではないため、もしもっと多くの国の指導者が女性になったら、世界は今より平和になるだろう」と口にした。

 イギリスのボリス・ジョンソン首相は二〇二二年六月二十八日、「もしプーチン氏が女性だったら、もちろん女性ではないが、だがもしそうだったら、クレイジーでマッチョな侵略戦争を始めていたと思わない」と語っている。

 著名人の口からこの手の意見が飛び出た事例は、枚挙に暇がない。一般的に、女性は男性よりも平和を好むと信じられている。それゆえに、男性君主よりも女性君主の時代のほうが平和だったというイメージを漠然と持たれている。だが、はたして本当にそうなのだろうか。

 歴史から答えを導き出そうとすれば、それは明確に否となる。むしろ女性君主を戴いているときのほうが、国家は戦争に積極的になる傾向があるようだ。英タブロイド紙『デイリー・メール』が報じた。

 シカゴ大学の研究チームが、一四八〇年から一九一三年にかけてのヨーロッパにおける紛争の統計をとったところ、男性君主を戴いている国より女性君主を戴いている国のほうが、戦争に関与する確率が三十九%ほど高かったという。

Queens:A Study of Gender and War in Historical Europe

 具体的にみると、女性君主が未婚である場合は、他国に攻撃される可能性が男性君主よりも高かった。おそらくは、女性ならば与しやすいとみなされたためであろう。

 その一方、女性君主が既婚である場合は、逆に他国を攻撃する可能性が男性君主よりも高かったという。確かな理由は分からないようだが、配偶者は他国の君主家一族であることが大半で、それがために同盟国を頼りにできて他国を攻めやすい環境だった可能性が指摘されている。

 また、女性君主の治世のほうが、国家は新領土を得る可能性が高かった。男性君主の時よりも戦争が多いのであれば、当然の帰趨だろう。

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イギリス女王ヴィクトリア

 在位中に新領土を獲得した女性君主の代表的人物として、領土を十倍以上に拡大させたイギリス女王ヴィクトリアが挙げられる。イギリスでは、彼女やエリザベス一世のおかげで「女王の御代に国が栄える」というジンクスが生まれたほどだ。

 総合的にみて、女性君主のほうが治世全体を通じてより好戦的という傾向が確認できるようだ。その説明として、男性と比較して臣下の意見に流されやすいからではないかという仮説を唱える者もいるが、これについては多くの学者に疑問視されている。

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オーストリア女大公マリア・テレジア

 例として、オーストリア女大公マリア・テレジアは、プロイセン王フリードリヒ二世がシュレージエン地域に侵攻してきた際に、大臣たちが同地域の放棄を進言したにもかかわらず、これを突っぱねた。その他の例をみても、女性君主は血気盛んな男性臣下の言いなりになる傾向が顕著だということは特に言えなそうである。

 いかなる理由によるものなのか明らかでないが、少なくとも女性君主のほうが平和だという一般的なイメージが誤りであることは間違いなさそうだ。理由の解明については、今後の研究の進展を待ちたい。

余談:女性政治家なら平和に?

 誤解のないように断っておくが、筆者は「これだから女性君主はだめだ」などと主張するつもりはない。筆者は男系男子による皇位継承を維持するのが望ましいとの考えの持ち主だが、その手のプロパガンダとしてこの記事を書いたのではけっしてない。

 昔ならいざ知らず、国民が主権を有する立憲君主国であれば、君主の性別に起因する戦争は起こるまい。この研究を知るや「女性天皇を認めれば他国に攻撃されやすくなる」という自論を展開する者が出てくるやもしれぬが、そんな輩はただの阿呆であろう。

 が、それはそれとして、女性政治家が指導者になった場合には、かつてのヨーロッパにおける女性君主統治期と同じ傾向が認められるかもしれない。なぜならば、一九七〇年から二〇〇〇年にかけての歴史をみても「行政のトップが女性である場合のほうが、軍備にはより多くの予算を割き、実力行使(武力)を外交の切り札として利用する傾向が強かった」との報告があるからである。

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元イギリス首相マーガレット・サッチャー
フォークランド紛争時、間髪を入れず軍を派遣
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元インド首相インディラ・ガンディー
第三次印パ戦争を引き起こした

「朱に交われば赤くなる」という諺の通り、元々は優しかったとしても、いまだ男性社会である政界にいるうちに男性的思考に染まってしまうということはあるだろう。

 しかし、男性と同程度の暴力性が備わることはこれで説明が可能だろうが、男性よりも強い暴力性が備わることは説明がつかない。軍事費の増加や、実力行使に出る傾向が強まったのはなぜなのか。そもそも政治的指導者になるような女性は男勝りな性格であることが多いということも大いに考えられるが、おそらくは「やはり女性だから弱腰だ」などと侮られないために男性以上に男性的に振る舞ってみせる女性政治家も多いということではないだろうか。

 最近の北朝鮮において金与正が過激な言動を繰り返しているのも、このような事情があるのかもしれない。共産主義国家になって久しいが、北朝鮮は「世界で最も男性優位な社会の一つ」とされるほど儒教文化が根強く残っており、女性の社会進出はあまり喜ばれないそうだ。彼女は元々「もしも男だったならば」と父・金正日が惜しんだほど男勝りな性格だったと伝えられるが、このような土壌では、望もうが望むまいが、支持を獲得するためには男性以上に男性的に振る舞わざるをえないだろう。

 筆者はそもそも女性のほうが穏やかだなどとは思っていないが、論者たちの顔を立てるべく、精一杯の擁護をしておく。一般的にみて女性が攻撃的でないというのが真実で、にもかかわらず周囲の目を気にして攻撃的な態度をとっている女性がいるとすれば、それは大変に不幸なことである。もし、女性目線を維持したまま国の指導者になる女性政治家が増加したならば、諸人の唱えるように「世界は今より平和になる」のかもしれない――。

【参考文献】
フランシス・フクヤマ「もし女性が世界政治を支配すれば」(朝日新聞社『論座』43号、1998年)
鈴木直子「平塚らいてうの反戦平和――女性は平和主義者か?」(『青山学院女子短期大学総合文化研究所年報』第15巻、2007年)
浅川公紀「国際システムにおけるネイション・ステートとその役割」(『武蔵野大学政治経済研究所年報』第6巻、2012年)
君塚直隆『エリザベス女王:史上最長・最強のイギリス君主』(中公新書、2020年)

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