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君主「朕より嫡流が現れた。朕は玉座を譲り渡すべきなのか?」という話

はじめに:王家の嫡流が現れた! ――『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』の二つの王国の事例

 そんな、まさか――。若きラインハット国王デールは、思わず己の目と耳を疑った。
「ですが王さま。子分は親分のいうことを 聞くものですぞ」
 耳馴染みのあるそんな言葉を囁いた男は、どこからどう見ても、約十年前に拉致され、すでに死んだものと思われていた兄のヘンリーその人だった。本来ならば自分に優先する王位継承者であった兄が今、確かに生きて眼前に立っているのだった。
「兄さん! ヘンリー兄さん 生きていたんだね!」

 * * *

 上に示すは、国民的RPG『ドラゴンクエスト』シリーズの中でも最高傑作との呼び声も高い『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(※以下「ドラクエV」と省略)のワンシーンの文章化を試みたものである。

 さらなる大ネタバレだが、このゲームの世界では、同じように死んだものと思われていた王族が久しぶりに帰国を果たすという展開が、主人公の故郷である「グランバニア王国」においてもみられる。どちらの国でも、国王はかなり簡単に王位を譲ろうとする。

 ラインハット王曰く、
「まったくボクは 王さまとしては失格ですね。だから(主人公の名)さんからも たのんでくれませんか? 兄上が王さまになるように
 またグランバニア王曰く、
「わしはもともと人がいいだけで 王のうつわではないのじゃ。兄上の息子(主人公の名)が帰ってきた以上 (主人公の名)に王位をつがせるのが道理というものだ」

 どちらの王国でも、傍系出身の王から嫡流の王族に、遅かれ早かれ平和裏に玉座が引き渡されていくことになる。ドラクエVに限らず物語の世界ではこのような展開が多くみられるが、このような穏やかな結末は、創作物の中の出来事なればこそだ。悲しいかな、現実世界ではなかなかこうはいかないものである。

1.もう死んだと思われていた嫡流がひょっこり現れる場合

 残念ながら現実世界においては、「我こそは玉座の正統な継承者なり!」と高らかに名乗りを挙げる人間は、玉座とは何の関係もない血筋の真っ赤なニセモノだと思われる者がほとんどだ。

 明末に元皇太子・朱慈烺だと主張した少年二人、カール・ヴィルヘルム・ナウンドルフを始めとする「フランス国王ルイ十七世」を名乗った百人以上の男たち、南朝末裔を自称して「皇位不適格訴訟」を起こした日本の「熊沢天皇」こと熊沢寛道。逐一挙げようとすればきりがないだろう。

カール・ヴィルヘルム・ナウンドルフの肖像画。
下部に「ルイ十七世、フランス王にしてナヴァール王」とある。

 それらは基本的に無視し、正真正銘のやんごとなき御身のみを考慮対象にしたとしても、君主が「正統な血筋でいらっしゃる貴方こそが玉座にお座りになるべきなのです!」などと喜んで譲位する流れにはほとんどならない。

 というわけで、まずは日本の話である。

皇太子が「失踪」し、傍系皇族への皇位継承後に帰ってくる可能性をも想定していた明治憲法下の「皇族身位令」

 昭和三十四(一九五九)年に『グラマ島の誘惑』なる映画が公開された。時代設定は太平洋戦争も終結間近となった昭和二十(一九四五)年である。乗っていた船を米軍に撃沈され、「グラマ島」という南海の孤島に漂着してしまった日本人男女たち――男三人、女九人――の日々を描くコメディ作品だ。

 さて、この十二人の遭難者の中には、軍務から内地に帰還する途中だった香椎宮かしいのみや為久王殿下・為永王殿下という架空の皇族兄弟が含まれている。劇中に登場する「南海の孤島に6年 浦島殿下奇蹟の生還」という見出しの新聞記事を見るに、少なくとも六年間はこの島で過ごした設定らしい。

 前線に赴くくらいだから香椎宮家の継承順位はかなり低そうだとはいえ、それにしても曲がりなりにも金枝玉葉の御身が一気にお二人も行方知れずになり給うようなことがそもそもありえるのだろうか。

 朝香宮家出身の音羽正彦おとわただひこ侯爵は、結果的に太平洋戦争中にクェゼリン島で戦死したとはいえ、危険な島には配属しないように軍から配慮されていた。臣籍に降下した方ですらそうだったのだから、現役の皇族殿下であるならばなおさら慎重な配慮がされるのではないか。

 ――などと思わないでもないが、明治憲法下の日本は確かにこういうことが起きる可能性を考えていた。明治四十三(一九一〇)年に公布された皇族身位令は、第三章を丸ごと皇族の失踪に関する規定に充てており、その章名もそのまま「失踪」である。

第二十条 戦時事変其ノ他ノ場合ニ於テ皇族ノ生死不明ナルトキハ勅旨ヲ以テ其ノ財産ノ管理ニ付キ必要ナル処分ヲ命スヘシ
第二十一条 皇族ノ生死不明ナルコト三年ニ亘ルトキハ皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シ勅旨ヲ以テ失踪ヲ宣告スヘシ
第二十二条 失踪ノ宣告ヲ受ケタル皇族ハ前条ノ期間満了ノ時ニ薨去シタルモノト看做ス
第二十三条 失踪ノ宣告アリタル後生死ノ事実分明トナリタルトキハ勅旨ヲ以テ其ノ宣告ヲ取消スヘシ但シ其ノ取消ハ失踪ノ宣告ニ基ツキタル事項及行為ニ其ノ効力ヲ及ホサス
第二十四条 失踪ノ宣告及其ノ宣告ノ取消ハ勅書ヲ以テシ且宮内大臣之ヲ公告ス

皇族身位令より

 参考までに示すと、佐藤丑次郎『帝国憲法講義』には次のようにある。

「失踪ノ宣告ニ基キタル事項及ビ行為ニ其ノ効力ヲ及ボサヾルガ故ニ(皇族身位令二三條)、若シ其ノ取消前ニ皇位繼承ノ原因發生スルトキハ次ノ順位ニ當ル者皇嗣トシテ践祚シ、失踪宣告ノ取消ノ爲ニ異動ヲ生ズルコトナシ」

 したがって、たとえば下記のような流れが考えられる。

  1. 皇太子が失踪する。

  2. 天皇が崩御する。

  3. 失踪中で生死不明であっても、皇太子が即位したものとみなす。この皇位継承に伴い、新たな元号に改められる。天皇が不在ゆえに摂政が置かれる(ここでは生死不明の「新帝」の弟としよう)。

  4. 一定期間が経過しても失踪状態のままならば、「新帝」は先帝崩御以前に皇太子としてすでに薨去していたものと見なされる(=そもそも即位していなかったことにされる)。

  5. 摂政は先帝崩御の直後に即位していたことにされる(=摂政の経歴自体が抹消される)。改元はなされない。

  6. 皇太子の生存が判明し、その失踪宣告が取り消されても、皇太子の代わりに即位した天皇の正当性にはもはや影響がない。

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