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「英会話できます」じゃないバスツアー#8

<2023年5月 ホバート@タスマニア 市内観光バスツアー顛末>
8

そこに住むウォンバットは、わたしのイメージする「まるっこさ」はあるものの、なんというか表情にアジア人らしさがあった。ちょっと目が離れていて、某有名漫画の言葉を借りるなら「平たい顔族」感がある。それが単純な個体特徴なのか、なにがしかの事故など保護された事象によるものなのかは、繰り返すが、お姉さんの説明が聞き取れないので、わからない。「よちよち」というか、「どたどた」と出てきて、あきらかにお姉さんの足元に「隠れている」。ちょっと離れてうろうろしては、はっとしてお姉さんの足元に戻ってくる。「もじもじ」とか「おろおろ」といった吹き出しが似合ってしまいそうだった。

一通りの説明を終えると、お姉さんは囲いをまたいで乗り越え(人が出入りするための扉などはない)、隣の囲いの前までわたしたちを導いた。お待ちかね、タスマニアデビルとの、ご対面。
そもそもわたしがタスマニアの名を知ったのは、タスマニアデビルがきっかけだ。半世紀近く前の子どもの頃の記憶。知らない人に見た目を説明するなら、黒くて小さい犬みたいな猫みたいな動物で、ちょっとハイエナの子どもっぽい、八重歯みたいな牙があるやつ。日本では多摩動物園で飼育されていて、私自身は「見たことがない動物」ではない。(記憶ではウォンバットも多摩動物園にいた)
観光土産にイラストとして描かれる彼らは、たいがい、牙をむき出しに、ぐわぁっと口を開けている。なんというか「デビル」らしさを出しているのかもしれないが、その名の由来にはいくつかの説があるらしい。闇夜に響く鳴き声が悪魔を思わせるとか(実際、ちょっと見た目とは違ったイメージの声を出す)、体表が黒いので森の中では眼だけが光って見えるからとか、肉を喰らう姿からだとか。
ふたりのデビルたちは、お姉さん(今度は囲いの外で説明してくれる)から餌をもらう時以外は、先程のウォンバットと同じ世界に生きているものとは思えないような勢いで、囲いの中をぐるぐるぐるぐる走り回る。駆け巡り、飛び回り、ぶつかってかじりあう。スマホで動画撮影を試みるが、鈍いわたしは彼らを見失う。かりかりと餌をかじる間だけはおとなしく見える。お姉さんの説明が、ぴゃあぴゃあいう音にかき消される。変な表現だが、白い、大きなオウムのような鳥(大きさは日本のカラスかもう少し大きいぐらいだろうか)が、近くの木にかなりの数でいて、集団で鳴く時間なのか、結構な大音量でぴゃあぴゃあいう。別の木々には、少し小ぶりの虹色の鳥が群がっていて、これもかなりの数。

たまたま出発前に、バイオ系ネットニュースのトピックとして、タスマニアデビルの伝染性顔面腫瘍疾患のゲノム解析が進んだという論文話題を目にした(4月20日付『Science』)。これは検索したわけではなく、舞い込んできたトピックだったが、そのタイミングの偶然性に驚くとともに、一時は絶滅の危機とまで言われてきた原因疾患を、研究している人がいるという事実に改めて感動した。
世界にはあらゆる専門家がいて、追及している人がいる。わたしたちの生活に密着したテーマもあれば、相当かけ離れた話題もある。オーストラリア固有の、中でもタスマニアという限られたエリアで暮らし、その名を冠する動物に限定して、感染する病。その研究が進展しようがしまいが、日本人のわたしの生活には影響ないテーマとも言える。でもちゃんと、その病を研究している人がいる。考えたくはないが、人獣感染の可能性があれば、いつか、大いにわたしたちに関係する話題になることもありうる。
そして、突飛な発想になるかもしれないが、この研究に進展がある、ということはタスマニアデビルの生息地が戦火に見舞われたりはしていない、という証拠でもある。結局のところ、「自然保護」のために人ができることは、その大前提を守ることだけなんじゃないだろうか。

聞き間違いでなければ、お姉さんの説明の中に、この疾患話題が登場した。かつて語学の先生に言われた言葉通り、興味のあることなら説明できるようになるのと同じで、知りたいことであれば聞き取れるのかもしれない・・・いや、違う。わたしたちの耳は、脳は、知りたいことしか、知ることができないのだろう。たぶん。
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長いバス旅になってきてしまいましたが、もうすぐ終着します・・・
#1  
https://note.com/naho_ariwara/n/n6e9151246fde

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