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PASSION サンタクルスへ 2つの移住地への入り口

 サンタクルスへ 真夏の暑さ、
 ~雰囲気がガラリと変わったボリビア第二の都市~

 

 11月9日、サンファン移住地とコロニア・オキナワを訪れるため、ラパスからサンタクルス行きの夜行バスに乗った。
 首都・ラパスとサンタクルスの距離は約550キロとさほど離れてはいないのだが、間にはアンデス山脈がそびえているためバスでは15時間かかってしまう。山中に入ると車内が急激に冷え込んだ。折りたたみのアルミシートを体に巻き付け防寒するが、それでも寒い。
 ラパスとサンタクルスの標高差は3000m以上。サンタクルスの標高は437m。亜熱帯地域で気候が良く、植物も育ちやすい。そこで多くの日本人もサンタクルスへ向かったのだという。

 バスに揺られるうちに眠っていた私。ふと目を開けて車窓をのぞくと、たくさんの星が目の前に迫りくるかのように、キラキラとまたたいていた。


 ガタガタした道を走っていることに気づいて目を覚ます。夜が明けている。雨が降っていたらしい。地面がぬかり、あちこちに水たまりができていた。
 未舗装の砂利道とうっそうとした森林が続いていく。森林のなかに茅葺きの家が時々見える。ロープに吊るされたカラフルな衣類たち。洗濯物がここでは絵になる。
 大きな川を越え、森を越えた。
 サンタクルスのバスターミナルに到着したのは10時過ぎ。ラパスとは雰囲気が全く異なり、田舎の匂いがプンプンしている。湿気もあってむし暑い。
サンタクルスはパラグアイ、ブラジル、アルゼンチンにも近いため、人の様相も多様である。
 めざすのはセントロにある民宿・伊芸。南雲さんが「公には宣伝していない宿だけど」と、沖縄出身の夫婦が営む宿を教えてくれたのだ。人の良さそうな運転手が乗るタクシーを選んで住所を伝え、宿へ向かう。サンタクルスもたくさん車が走っているが、緑が多く赤レンガの家が目立ち、アジアのような雰囲気だ。
 「ここだよ」
 到着したらしい。一見、何の建物だかわからない。パープル色をした建物が民宿・伊芸だった。
 「いらっしゃい。ようこそ」
 部屋に入るなり、オーナーの妻・栄子さんがさっそく緑茶とお菓子でもてなしてくれた。沖縄の民芸品である紅型や沖縄の自然を写した観光ポスターが飾られていて、まるで沖縄の民宿にいるみたいだ。
 サンファン移住地やコロニア・オキナワから出てきた若者や海外青年協力隊が長期で滞在していることが多く、一般の旅人用の部屋は少ない。だから公には宣伝していないのかもしれない。
 少しベッドで休んだところで、サンタクルス中央日本人会館にあるという和食レストラン「Resutaurant Japones」へ向かうことにした。


 ボリビア人だろうか、お客はふたり。テレビにはNHKの連続ドラマ小説『ウェルかめ』が映っている。店のご主人が注文を取りに来て、私は野菜炒め定食を頼んだ。
 「暑いですねー。旅行ですか?」
 「南米の野球と移民について話を聞きながら旅をしていて、明日、サンファンに向かおうと思っているんです」
 「サンファンに行くんだったら、野球をやっていた人を教えてあげるよ。名前がね、えーと…あとで思い出すから待っていて!」
 野菜炒め定食にはメインのほか、冷奴、生野菜のサラダ、おしんこ、白米に味噌汁がついた。胃にしみるほど美味しい日本食。長距離移動の後だからなおさらだった。


 私の注文の品を届けたところで、ご主人と奥さんも昼食の時間。ご主人は、納豆にしょう油をかけてよーくかき混ぜ、どんぶりご飯にドンと盛った。
 その光景は、日本の日常だった。
 会計をしようとすると、サンファンで暮らしているという二人の名前が書かれたメモを渡してくれた。

 サンタクルスのまちは暑い。歩いていると、汗がだらだらにじんでくる。
宿の周辺には、家具屋、文房具屋、絵画屋、電話屋といった商店街が続いている。道路の方向を向いてミシンを動かす若いボリビア人男性がいるのだが、不思議と違和感はなく、その姿が良く似合う。
 電話屋に寄り、サンファン日本ボリビア協会に電話をかけた。以前、訪問したいということをメールで伝えておいたのだ。
 「明日、来て頂いて構いません。宿泊できる場所は一軒しかないのですが、空いているそうです。お待ちしています」
 サンファンで一泊して、翌日はコロニア・オキナワへ向かおうと予定を立てた。

 

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