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識者が語るテクノロジーと英語教育のこれから

先日,小学校英語教育学会 (JES) 茨城支部セミナーで行った『これからの小学校英語のために考えておきたいこと』と題した講演の中で,「テクノロジーと英語教育のこれから」という話題を扱いました。その中で,関連分野の有識者の方々がテクノロジー(主に機械翻訳を想定)と英語教育のこれからについてどのように述べているかをまとめたので,自分用のメモも兼ねてここでもその情報を共有しておこうと思います。

ただし,ここでまとめているものは書籍や論文のほんの一部の任意の抜粋であって,それだけでそれぞれの主張や含意を正確に理解することは必ずしも容易ではないため,各原典にあたって前後の文脈を踏まえたうえで内容を理解することをお勧めします。また,このような話題に関する論考や主張は,今後どんどん増えていくと予想されます。ここにまとめている情報は執筆時現在(2023年2月)のものであり,時が経てば経つほど,より多くの人が様々な場所で,時宜に合った論考を述べていくと思いますので,その点はご注意ください。

隅田 (2022)

隅田英一郎 (2022). 『AI翻訳革命―あなたの仕事に英語学習はもういらない―』. 朝日新聞出版. 

まずは,機械翻訳の専門家の意見から。「英語学習はもういらない」というキャッチ―な副題が付されているので,英語教育関係者の中でも手にした人も多いと思われる本です。本書では,最後の第11章「自動翻訳と英語教育」で以下のことが述べられています。

「英語を勉強する目的が「英語でコミュニケーションができること」ならば,自動翻訳を道具として使えばいいのではないだろうか?自動翻訳を道具として使って「英語でコミュニケーションできるなら目的が達成できる」ので英語を勉強する必要はないことになる」

(p. 261)

「自動翻訳が導入されると,英語教育が不要になるのだろうか?この答えは難しい。英語教育とは何かがうまく定義されていないからだろう。高精度な自動翻訳が存在し,自動翻訳を駆逐することはもはや非現実的なので,英語教育の本質は何かと,問われてくるのだと思う 」

(pp. 267-268)

確かに「英語を勉強する必要はない」とは述べられていますが,英語教育や学習が全ての人にとって即座に必要なくなるというよりも,あくまで英語使用や英語教育の目的を条件にしてそのように述べているように読めます。

柳瀬 (2022)

柳瀬陽介 (2022). 「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」. 『外国語教育メディア学会関東支部研究紀要』第7巻, 1-18. 

続いて,英語教育学者の立場から。2022年に出版された外国語教育メディア学会関東支部研究紀要の招待論文からの抜粋です。

「機械翻訳によって英語学習が不要になることはないし,英語教育が否定されるわけでもない」

(p. 14)

「外国語学習者・使用者と機械翻訳と共存・協働の方法を具体的に創造することがこれからの教育者の課題ではないだろうか。」

(p. 3)

「いつからどの知的道具を使わせるかというのは教育学的問いである」

(p. 2)

実際の原稿とは引用箇所の順序を変えていますが,この順に読んでいけば,機械翻訳によって英語教育の必要性が否定されることはないとしつつも,機械翻訳によって教育の在り様は変わっていくだろうから,教育者にも新たな課題が課されるだろうということが述べられていることが分かります。

江利川(2023)

江利川春雄 (2023). 『英語と日本人―挫折と希望の二〇〇年』. 筑摩書房. https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480075314/ 

もう1人,英語教育学者の立場から。2023年に出版された書籍の第5章「グローバル化とAI時代の英語」からの抜粋である。

「AI時代の外国語教育は,母語とは異なる言語を学ぶとともに,その背景にある異文化への探求心を育てることに比重を置くべきである。それは人間にしかできないし,学校で外国語を学ぶ本来の意義である。…そうした学びは,英検やTOEICスコアを伸ばすことの対極にある。」

(p. 251)

「デジタル教材やオンライン学習は…人間関係の希薄化,孤独感と抑鬱状態の増加,学びの質の低下,デジタル格差の拡大などのマイナス面もある。」

(p. 252)

ここでは機械翻訳よりもAIという大きなカテゴリーでの話題となっていますが,単なる英語資格試験のスコア向上に相対する外国語教育の目的論を展開しています。また,教育DXが急速に進む中,それらの負の面への警鐘を鳴らしている点も非常に貴重な指摘であると感じます。

私見

これらの論考を踏まえつつ,講演では私見として,テクノロジーの発達に伴い英語教師は自身の言語教育観を問い直す必要があること,機械翻訳や自動採点などの基礎的な仕組みを理解することはそのためにも役立つことを述べました(これらの点については,もう少し詳しい内容を書いたものを今後原稿化する予定です)。

また,上の論考の多くは機械翻訳を想定したものですが,最近ではChatGPTという汎用言語モデルのAIが登場し,この存在がさらに英語教育・外国語教育界隈を賑わせていることはご存知の方も多いと思います。すでにブログや動画などでChatGPTと英語教育について考えやその応用方法などを発信されている方も多くいらっしゃいます(たとえば以下)。


そのほかにもChatGPTに関する多くの記事や論文等があり,それらはこちらに多数まとめてくださっています。

情報量の多さや技術発展のスピードに圧倒されるばかりですが,ご参考になれば幸いです。

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