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まめに暮らそう2 黒豆 ヌチグスイ*㉕

大人になってから好きになる食べ物というものがあると、思う。わたくしにとっては、黒豆はその一つ。

そして、黒豆といえば定番の煮豆ではなく、祖母が作ってくれた黒豆ジュースが思い浮かぶ。しょっちゅう扁桃腺を腫らせる子どもだったわたくしに、「喉にいいから」と話して聞かせてくれていた。祖母の作った黒豆ジュースは、田舎の小学生にとって、見た目は赤く、ちょっと期待したのだけれど、却って微妙なお味に感じた。(ごめんね、おばあちゃん)

今、レシピを探してみると、健康的なうえに美味しいと評判である。わたくしも心を入れ替えて挑戦しなければ、祖母に申し訳ないと思えてきた。(祖母が「ほおおれ、ごらんよ」と、したり顔をしているような気がする)

ところで、わたくしは子育て中、兵庫に暮らしたために、丹波篠山の黒豆がかなり身近だった。地元の人が話すには、「苗を他所に持っていっても同じようなおいしい黒豆は育たない。土が変わるといい豆はできない」とのことだった。そういえば、屋久島に住む知人から「どんな大豆も屋久島では育たないのよ」と聴いた体験もある。

そんなことってあるんだなあ、と二つの事柄を考え合わせているうちに、豆の根粒菌との共生の話を思い出した。小学5年の担任のおじいちゃん先生から「春に田んぼにレンゲの花を咲かせるのは、土によい菌をマメ科のレンゲに着かせるためなんだ」と説明を受けたのだ。土とマメ科の植物の組み合わせを利用する農家の知恵の深さに尊敬の念を感じると共に、その土地に根差す植物がその土地に暮らす人々を養うことの不思議さに感じ入る。

実際、兵庫に住んでいる期間は黒豆を口にする機会が多かった。そのおかげで他県出身者のわたくしも、黒豆のおいしさや栄養に目覚めたとも言える。

かつて、アトピー対応として卵や牛乳を制限をしていた我が子のために、黒豆アイスは美味しく食べられる夏の健康おやつになってくれた。懐かしくて検索してみると、今は入手は難しい?ようである。代わりに他にいろんなアレルギー対応のアイスが登場しているようだ。それだけ需要が増えたのだろうかと、今時の子どもたちの健康も気にかかる。

さらにまた、その豊富なラインナップを眺めるうちに、アトピッ子のためにおやつに工夫した日々が彷彿としてきた。あの頃は、母親が神経質だとか、食べているうちに治るとか誤解が多く、アナフィラキシーや意識を失う発作が起きないように気遣うことと併せて、アレルギー対応に対する周囲の無理解をどうやってクリアしようかとコミュニケーションにも心身消耗した。そんな時に出会った、乳製品も卵も入っていない黒豆アイスが、とてもとてもありがたかった。我が子が「美味しいね、アイス」と嬉しそうに食べている姿を、安心して眺められる幸せな気持ちも蘇ってくる。

だんだんと秋風を感じられるようになると、大人にはビールのおつまみにもぴったりな、黒豆の枝豆が店先にどっさりと並んだ。枝ごとの売り方も、わたくしには新鮮だった。さやだけをパックや袋入りで売っているものしかお目にかかったことがなかったから。

そして、大きくてこれほどコクのある枝豆があるのだと、黒味のかかったプリッと充実した豆をいい塩加減でゆで上げて、さやから取り出してもぐもぐとたくさん食べた。

肌寒さが増してくる頃には、黒豆茶に結構な割合で遭遇した。進物用のお菓子を買いに駅前の千鳥屋さんの店舗に出向くと、かわいい湯呑に温かな黒豆茶の提供があって、注文したお菓子を包んでもらっている間、ほっこりと香ばしい香りとコクと甘みのあるお茶を楽しめた。コロナ騒ぎのせいでたぶんその提供は無くなっているような気がするけれど。(あのサービスは本当に嬉しかった)

↑の方法でなら、自家製の黒豆茶も楽しめる。煮豆以外で時短で黒豆のおいしさを味わう食べ方も嬉しい記事である。

そうして、春。というか新春の黒豆は、やはり、ザ・煮豆である。

母と共に迎える数十年ぶりの新年に、今年はわたくしが黒豆を煮てみた。父も一緒が良かったのにな、と寂しさも伴った黒豆の味だった。厄を祓い、元気に長生きしてもらうために、母には父の分までたっぷりと食べてもらった。

話変わって、薬膳なる視点を持った今では、黒豆は実際に薬効あらたかなヌチグスイであることも、十二分に理解できる。

これほど人生の中で大変お世話になっている、黒豆。であるのに、その名を使った諺は、「這(は)っても黒豆」。黒い虫がはい出てきているのに、「それは黒豆です」と言い募り、間違っていても、強情に自説を曲げないことのたとえだとか。これを知って、わたくしは、今時のコロナ騒ぎの愚かさにを思いを巡らす。

ここ数年にわたりマスコミに次々と現れてきた、御用な「有識者」と言われる人々の、あまりにもひどい言い張りようをアレコレと数え上げてしまう。

黒豆も迷惑なことだろうけれど、虫はどうしたって虫である。そういう輩は今春には何処かへ去ってくれればと、と心から願いながら、虫などではない、本当の黒豆茶で心身健やかな一服としたいわたくしである。

侘助も春待ちな顔をして綻んで

最後までお読みくださり、ありがとうございます。和風慶雲。


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