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財宝か、死か #5

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「――――――!」
「くあああっ!」

 槍はおろか足技までも駆使された攻撃に、ガノンはたまらずたたらを踏んだ。黒影の戦士の正体を暴いた刹那。かの者は凄まじき音をがなり立てたのだ。その直後、緑玉の目は赤へと変わり、鉄造りの機巧がカチカチカチと異様な速さで蠢動を開始した。槍兵の攻撃に変化が生じたのはその直後からだった。

「――!」
「ちいいいっ!」

 ガノンは唸る。戦神の導きは消えていないが、それをもってしても、異様な速度と変則ぶりだ。先ほどまでの正統派ぶりとは、なにもかもが異なっている。

「――!」
「ケエエエッ!」

 機巧槍兵の鋭い突き。ガノンはあえて回るような足さばきを使い、前へと踏み込んだ。そのまま拳を繰り出し、鉄へと叩き付ける。横合いを引っ叩くような形の、拳による一撃。

「――――!」

 しかし、槍兵は真横へと足を繰り出し、迎撃した。鈍い音が両者に響き、決定的な一撃にはなり得ない。

「くっ……」
「――」

 鉄を殴りつけた痛みを、蛮族は口の端を噛むことで押さえ付けた。常人ならば、手の甲を砕きかねない技である。それでもガノンが戦い得るのは、まさに戦神の導き――実際には加護――によるものだった。
 だが、彼が拳を痛めるに足る損傷を、鋼鉄機巧槍兵は負っていた。ガノンから見て左の頬が、大きくひしゃげていた。戦闘継続はともかくとして、見てくれがよろしくない。

「――」

 槍兵が、槍を投げ捨てる。続けて、腰に提げていた剣を抜いた。黒い剣である。形は美しくあるが、それだけだった。そしてガノンは、抜刀の姿に確信を抱く。

「武器が応変……やはり弓は貴様だな」
「――」

 当然、機巧からくりからの答えはない。代わりに、荒武者じみた鋭い踏み込みが返って来た。一歩で踏み込むような、直線的な一撃。ガノンはかわす。戦神の導きが、それを可能にしている。しかし反撃には至らない。至れない。紋様も文言もない、ただの剣。だが、機巧に裏付けられた恐るべき速さが、戦神の【使徒】さえも釘付けにしていた。

「――――!」
「早い、が、避けれんことはない!」

 ガノンは避ける。避け続ける。時折剣に混じって繰り出される手足も、ギリギリのところでかわしていく。しかしガノンは、人間である。血の通った、呼吸を伴う人間である。身体は少しずつ削られ、流血も重なっていく。加速と停止を強いられる呼吸は千々に乱れ、徐々に荒いものへと変わっていった。

「ガノン様!」

 離れたところに立つ、少女が叫ぶ。彼女から見れば、ガノンはいたく不利に見えた。痛ましかった。自身に戦いの力がないことを、こうまで呪ったことはない。彼女からしてみれば、戦うことを諦められてもおかしくなかった。

「そこで待っていろ、文明人」

 だが蛮人は、低い声で短く告げる。彼は回避を重ねながら呼吸を整え、戦神への謝罪と、誓句を述べた。彼は己を焼き直す。死を恐れ、動きを鈍らせた自分を罵倒する。死を恐れぬ覚悟なくして、なにが戦神を奉ずる者か。戦神とは、覚悟ある者にこそ、真の祝福をもたらすのだ!

「オオオッ!」

 見よ。ガノンの身体が今こそ光を帯びた。紅玉の目をわななかせた機巧戦士の鋭い突きを、彼は前進しながら半身でかわした。次の瞬間、左の腕で殴打の構え。その拳が目指すのは、赤く燃え滾る敵手の瞳――

「フンハッ!」

 蛮声一閃。ガノンの左腕が、鋼鉄機巧の顔面を征す。拳から血を流しつつも、彼はその腕を振り切る。不可思議な液体に手を汚しながらも、ガノンは見事に機巧戦士の顔面を撃ち抜いた。

「…………」

 機巧戦士が、物言わぬまま崩折れる。やはり岩石怪人ゴーレムと同じく、その『目』こそが核をなすものだったのだろう。違いがあるとすれば、崩壊せずに倒れたことであろうか。内実は分からねど、敵手は動きを止めた。ガノンにしてみれば、それで十分だった。

「……変わらんな」

 程なくして、蛮人の興味は煉瓦造りの壁へと移った。拳で砕こうにも分厚さが感じられ、行き止まりと考えるのが正しく見える。しかし、ならばなぜ。

「ここまで一本道だったか」
「ええ」

 少女の声に、ガノンは驚く。気が付けば、自称とはいえあの帝室に連なる者が隣に立っていた。そしてガノンに、閃くものがよぎった。

「娘、アレを出せ」
「アレとは」
「おれに見せた、碧のクリスタルだ」
「は、はい」

 最初は飲み込めなかった少女だったが、即座に指示通りに動き、クリスタルを出す。眩い光が、再びガノンを灼いた。

「壁にかざしてみろ」
「はい」

 ガノンは重ねて指示を下す。これでなにも起きないようであれば、少女をくびって帰る他なし。決めていた覚悟を、重ねて定めた。その時。

「壁が」
「おお」

 少女の声に、蛮人でさえもが息を呑んだ。いかなる隠し彫りの技術か、碧に照らされた壁が紋章を描いていた。その意匠、蛮人にはわからねど、末裔たる少女にははっきりとわかる。己が血を引く、かの古代帝国ハティマの紋章だ。
 そして壁は、重苦しい音を立てて横滑りを開始した。ガノンの読み通りにそれは分厚く、人の力では如何ともし難いものであった。

「行きましょう」

 ガノンの血に塗れた手に、柔らかいものが触れる。ララ・ウスタ・アリマージュ・ハティマの手だ。汚れたものに、触れてはならぬ。ガノンは剥がそうとした。しかし少女は、それ以上の力で彼の手を引いた。

「貴方がこじ開けたこの扉。わたくしは絶対に先を見るのです」

 ガノンを見つめる彼女の瞳は、今や緑に輝いていた。

#6(エピローグ)へ続く

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