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財宝か、死か #3

<#1> <#2>

 寓話にいわく。岩石怪人ゴーレムは核を砕けば崩れ去る。
 しかしそれは、かの者の苛烈なる攻撃をかわし得た者にしか訪れぬ。
 すなわち、只の人間には困難な所業である。

「ぬうっ!」
「きゃあああっ!」

 床を砕く打ち下ろしの一撃に、ガノンは少女をさらって飛び退いた。戦神の加護が彼に恐るべき跳躍力を与えるが、少女一人を抱えての戦は、さしもの彼にも難しいものだった。

「……そこにいろ。一歩たりとて動くな」
「はい……」

 ガノンは少女を隅に置き、五体に気を張り巡らせる。こうなってはもはや、追加の怪物モンスターがいる可能性は捨てる他なかった。仮に存在していたら? その時は戦神に詫びつつ、冥界へと旅立つのだ。岩石怪人とそれに伍する敵が相手ならば、いと厳しき戦神とて、許し給うであろう。

「ふう……」

 ガノンは息を吸い、そして吐いた。常の通りに、気は満ち満ちていた。戦神からの導きが、彼に道を指し示していた。敵対者の頭部、『目』の辺り。ぼんやりと、緑に光るものあり。岩石怪人の核であると、彼は直感していた。

「応ッ!」

 岩石怪人が動くのを見て、ガノンは床を蹴った。硬い地面が、十分な蹴り足を授けてくれる。右の打ち下ろしをかわすと、肘上に着地。そしてすぐ跳ねる。

「――!」

 唸り声か。あるいは軋む音か。轟音を立てつつ、怪物の左腕が動く。大振りの横薙ぎ。ガノンを壁に叩きつけんと振るわれる、当たれば絶命にも至らん一撃。ただし、当たればだが。

「ハッ!」

 彼の信じる戦神の導き――実際には【使徒】へともたらされる加護――により、ガノンにはすべてが牛歩の如く見えていた。致命級の横薙ぎ、その腕を足場に、更に彼は蹴上がった。そして。

「イヤシャアアア!」

 蛮声咆哮。岩石怪人の頭部に、右の一閃を叩き込む。たちまちのうちに煉瓦造りが崩れ、緑色の核があらわとなる。その時、ガノンの瞳が強く光った。常人ならざる滞空力で、彼は左腕を顔面へと突っ込ませた。

「――!」
「オアアアッ!」

 蛮人と怪物が、互いに獣じみた『声』を張り上げる。しかし勝ったのは、正体不明なる遺跡の意志よりも、確固たる戦神の加護だった。瓦礫の崩れる音を引き連れつつ、ガノンが左腕を引っこ抜く。その掌には、緑の発光球体が備わっていた。

「フンッ!」

 胴体を蹴って飛び退きながら、彼は球体を己の握力で破壊する。煉瓦造りの怪物は、追撃さえもままならぬまま、サラサラと崩折れていく。土と石塊いしくれに、還っていく。しばしの後に生まれたのは、小山であったガノンの背丈ほどまでに、土と石塊が積み上がったのだ。

「……」

 少女は今こそ、息を呑んだ。己の身の上さえも忘れて、ガノンの姿を注視していた。罠なる矢雨を耐え抜き、いかなる技か見当もつかぬ絶命の一矢を掴み取り、そして今、己よりも巨大なる怪物を無力化せしめた。彼女は、己の判断をここに確信した。彼であれば、道を開くどころではなく。

「ガノン様」

 少女は、神々を崇めるかのようにひざまずき、両の手を合わせて宣誓した。

「わたくしの名は、ララ・ウスタ・アリマージュ・ハティマ。かの帝国の縁に連なる、真なる末裔でございます。どうか、どうか貴方様の手で、わたくしに先祖の威容を拝ませてくださいませ」
「……」

 突然の願掛けに、ガノンは言葉を失う。意を決したとみられる少女の顔を、まじまじと見つめる。鼻筋はスラリとしており、唇は小さい。貿易商に引き合わされた際には光を失っていた目は、今や希望と願望に満ち溢れ、煌々とした光を宿していた。先刻まではとてもそうとは見られなかったはずだというのに、今や少女は、うつくしきものとなっていた。

「……証拠は、あるのか」

 力なく、ガノンは口を開いた。先には聞く気にもなれなかった言葉も、今なら聞ける気がした。もちろんという声が返り、少女はおもむろに、気品ある白の服からペンダントを取り出した。その蓋をガノンが開けると、先の岩石怪人の核よりも、遥かに眩い光が彼を灼いた。

「皇帝一族に伝わるとされる、みどりのクリスタルです。帝国が滅びてはや千年とさえ伝わる中、一度も輝きを失ったことはないといいます」
「ふむ」

 ガノンは考えた。考えたが、結論は変わらなかった。今更戻ったところで、なに一つ己に益はない。ならば、進む他に可能性はないのだ。

「条件は変わらん。道が合っていれば付いて来い。報酬に値するものがなければ殺す。それだけだ」

 努めて低い声で、蛮人は乙女に告げる。気が付けば、再び道は開けていた。

#4へ続く

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