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財宝か、死か #1

「おい、ここに入って何刻過ぎた?」
「まだ一刻ですぜ、旦那」

 すでに洞窟の風景は消え、煉瓦レンガ造りの、古代建築めいた通路へと場は移動していた。案内役の小男――実際には古代建築の周囲を漁っては宝物の欠片を小金に変える盗掘者の類だ――を先頭に、幾人かの群れがさして広くもない通路を、団子のように進んでいた。

「クソッ。本当に古代ハティマ帝国の財宝とやらはあるんだろうな?」
「知りませんよ。噂じゃそうなってますけど、旦那がそのお連れさんに聞いた方が早いんじゃないですかね?」
「チッ!」

 団子の中央部、でっぷりとした男が歩を進める。傍らには首輪をはめられ、鎖で繋がれた少女が一人。身なりは良いが表情は消え失せ、引っ張られるがままに歩いている。太った男がモノを聞こうとしても、光の消えた瞳で何事かをつぶやくばかりだった。更に彼らの周囲は、豪奢な装備に身を包んだ、屈強な男三人によって固められていた。

「……さっさと歩け!」

 でっぷりとした男は、苛立ち任せに女を繋ぐ鎖を引く。女はああ、とうめき声を上げ、とたとたと付き従わされる。囲む男どもは、下卑た瞳でそれを笑った。つまるところ、彼らはそういう集まりだった。

「しかしですよ。いかに貿易商とはいえ、旦那自らここまで来ますかねえ」
「なにを言う。貿易とは目利きが大事なのだ。商品を自ら見定めずして、なにが商人か」
「違ぇねえ」

 なんたることか。男たちの目的はあまりにも浅ましいものであった。彼らは古代帝国の財宝を、己の商品としていずこかに売りさばこうとしているのだ。しかしこれらは、無法な行いではあるが違法ではない。小男がやっている商売を、更に大規模にしているだけなのだ。その行為を裁く法が、未だ定められていない。それだけが、彼らの行為を許諾せしめていた。

「しかし遠いな……」

 でっぷりとした男が、腕で汗を拭った。松明の火が煉瓦に跳ね返され、こうこうと辺りは照らされている。煉瓦造りは精巧で凹凸もなく、古代帝国の技術の高さを窺わせた。

「正規の道じゃありやせんからね。正直、どんな罠が待ち受けているやら」

 旦那の言に、小男がうっかりとこぼした。大枚につられて案内役を引き受けたが、はっきりと言えば彼も生命だけは惜しかった。

「わかっている。だからこそ、肉壁を……」

 貿易商が残忍に残忍を重ねている事実を吐こうとしたその時、唐突にカチリという音が彼らの耳を叩いた。同時に煉瓦の壁が、音を立てて左右に開いていく。

「右も!」
「左も!」
「穴!?」

 男たちが、瞬く間に貿易商と女、案内人を守る。先に肉壁と彼は称したが、この男たちは首の回らなくなった者、あるいは借金のカタにされた者どもであった。数にして六人。いずれも貿易商が選んだ、肉体壮健なる者どもだった。

 バシュッ!

 一瞬空気の抜けるような音がしたかと思えば、次に訪れたのは矢玉の雨嵐だった。両側面、煉瓦に隠されていた壁面の穴から、次々と矢が降り注ぐ。肉壁どもに武器や装具の類は許されていない。必然、彼らは。

「っぐ!」
「あああ!」

 矢玉の雨を真っ向から受け、早々に生命を失っていく。しかし倒れることさえも許されない。身体が崩折れそうになる度に、装備に身を固めた男どもが無理くり引っ立たせていた。だが――

「……」

 その嵐の中、一人自我を持って立ち続ける男がいた。傍目には気付き難いが、彼の身体は薄ぼんやりと光っていた。火噴き山のように赤く、蛇の如く蠢く長髪。隆々たる筋肉。小高い山を思わせるような肉体は、でっぷり太った貿易商に影を落とすほどだ。矢をめつける目はくすぶった黄金色をしており、顔は五角形の盾を思わせるいかつさだった。

「……」

 無限にさえ等しいと思えるような時間の中、男は無言のままに立ち続けていた。いかなる加護によりてか、彼は生命を保ち続けていた。よくよく見れば幾本かの矢は刺さっている。刺さってはいるが類稀なる筋肉を通らず、また致命には至らぬような箇所であった。
 そうして震えるだけの時間が、ただただ過ぎていく。そんな中で、嵐が止んでいることに気付いたのは誰だったか。屈強な男の一人が、恐る恐る顔を上げた。

「おお……」

 残忍なる性分であるこの男も、この時ばかりは脳裏で生命神へ感謝を述べた。それほどまでに、矢玉の嵐は恐怖であった。事実、肉壁は六人中五人がその役割を十全に果たし、冥界へと旅立っていた。

「……」

 続いて防御を解いたのは、先に述べた自我持つ肉壁であった。下穿き以外は素肌で、武器さえ持たぬというのに、彼の身体にはわずかな傷しか生まれていなかった。無論、流れる血もさほどではない。肉体、未だ壮健であった。男は、肉壁と目を合わせた。

「優秀な盾だったようだな」
「五体を剣盾とするのは、おれたちの誇りだ」
「なるほど。今後も我々に尽くすが良い」

 男に少しでも知識があれば、肉壁の風貌が南方蛮族のそれに近しいことに気付けたであろう。だが、男にしてみれば肉壁は肉壁である。それ以上の価値は、持ち合わせてはいなかった。

「……助かった!」
「肉壁が、功を奏したようだな」
「…………」

 ややあって、最重要護衛対象であった三人も顔を上げた。全員、傷一つなく無事であった。残りの屈強なる護衛も顔を上げる。彼らは死に至った肉壁を蹴倒し、その弱さを罵った。死した肉壁はみな、ボロ布じみた、悲惨なありさまだった。

「さあ、先を急ぐぞ。次はヘマなど許さん。ここを出たらムチ……」

 ひょうっ、ふつっ。

 雇用主が、全員を急き立てようとした。まさにその時だった。一陣の風が吹いたかと思うや否や、次の瞬間には彼の喉に矢が突き立てられていた。

「うち、に……」

 仰向けに、貿易商が倒れていく。即死である。いつの間に掻い潜ったのかと思わされるほどの、正確な一撃だった。護衛と小男、そして肉壁が全周囲を確認する。しかし下手人は、影も形も見えなかった。

「冗談じゃない。オイラはかえ……っぐ!」

 真っ先に背を向けようとした小男が、またしてもはやき矢玉に撃ち抜かれる。しかし今度は、出処が見えた。

「前!」
「応ッ!」

 三人の護衛が、反射的に動く。防御を固め、装備に刻まれた鋼鉄神を讃える紋様を光らせる。だがそれさえも容赦なく――

「ぐうおっ!?」
「あっぐ!」
「ぐああっ!」

 次々と装備の隙間、あるいは露出部を撃ち抜かれて悶絶する。神々に比肩するほどの速さかと、見紛うほどであった。

「……っ」

 残されたのは枷の少女と意志ある肉壁。男は身体をほのかに光らせ、少女を置いて前方へ進んだ。次の瞬間、また風が吹く。

 ひょうっ、ふつっ。

 おお、少女は目を閉じた。彼女を置いて男が進んだのは、護りの意志、その現れだったのだろう。しかしそれもまた、疾風の矢玉の前には……

「……見えた」

 少女の目を開かせる、声が響いた。低い声であった。少女の見た背中は雄々しく、隆々としたものであった。広く、矢玉だらけの廊下にもかかわらず、それらを圧して光り輝いていた。

「後少し遅れたら、おれも冥界神のみもとだったか……」

 次なる矢の気配がないことを確認した後、大きな男が少女の方を向いた。その右手には矢と、それによって生まれたであろう滴る血があった。

「あな、たは」

 少女はここで、初めて口を開いた。男は、少し立ち止まった後、ゆっくりと応じた。

「ガノン。ラーカンツの、ガノンだ」

#2へ続く

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