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闇、いと近きもの #5

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 そっけない鎧兜を外套に包み、大いなる男は道なき道をホクソー馬にてゆっくりと進む。その背中には、襤褸ボロをまとった小さな影。過日、大胆にもガノンにルアーキー捜索を訴え出た少年だった。

「……」

 ガノンは無言のまま、黄金色にけぶる瞳で荒野を見据えた。これでも、あてもなくこの地にすべてを託したわけではない。八方への斥候、荒野に流れる噂話。それらを吟味した上で、一つの予想を見出していた。

『【荒野の黒狼】、とな』
『ああ、いずれ大将の耳にも入れないといけねえとは思っていた。闇に侵されたかの如く黒く、狼の如く賊を殺戮する戦士がいるらしい。その出現地点が、こうだ』

 天幕内における作戦会議。刈り込まれた青髪を持つ槍武者が、地図に印を落としていく。一見、それらに規則性はない。だが、確実に軌跡は生まれていた。

『我らから……いや、この街から離れていく方向か』
『戻る気はねえ、ってこったろうな。とんだ厄介を背負っちまったようだぞ、大将』
『……ダーシア、幾日許せる』
『行きつ戻りつで、七日ですな。隊の、最高の駿馬をもってすれば』
『追い付ける、と見るか』

 ガノンは小さく息を吐いた。つい、と視線を外せば、そこには少年の姿が見える。未だその目は、鋭く光っていた。彼は、議論を打ち切るように立ち上がった。

『一度引き受けたものを差し戻すは、俺の沽券にかかわる。この一件は俺の裁量でやらせてもらう。……無論、期日は守るがな』

 家宰が首を横に振り、槍武者は小さくうなずく。ガノンがこの裁決を下した時点で、【赤き牙の傭兵団】が取る方針は決定していた。

『団は七日、この街に留まる。補給が来れば良し、来なくとも八日目には進発する。いいな』
『はっ』
『はっ』

 そんな議論を思い返しつつ、ガノンは荒野を見つめる。廃墟の街を出てから早二日。そろそろ追い付かねば、ルアーキーを説き伏せる時間が限られてしまう。ホクソー馬にムチを入れようか。彼は考え、やはり止める。ガノンは未だ、襤褸の少年と本格的な会話を交わしていなかった。少年は、聞かれたことには答えてる。だが、自発的に語ろうとはしてなかった。

「……アンタ、道を急がなくて良いのか?」
「む!?」

 だからこそ、その言葉はあまりにも唐突に響いた。背後からの言葉など幾度となく受けてきたというのに、ガノンは新兵、あるいは荒野に出た駆け出しの者に等しい動揺を見せてしまった。

「……急にどうした」
「この二日、おいらはアンタを観察していた。アンタがおいらの期待に沿うのかどうか、常に見ていた。だけど、どうしてもはっきりしない。だから」
「……」

 ガノンは、距離を測りかねた。この、人への疑心を残した少年を。いかにして溶かすか。未だに手段を、見いだせずにいた。ゆえに。

「信ずる、信じぬの話ではない。俺は奴と話さねばならぬ」

 遂に、己が胸の内を開襟するに至った。そうせねば、少年の信を得られぬ。彼は確信したのだ。

「なぜだい?」

 果たして、それは良い目を出した。少年の声色が、幾分か和らいだのだ。ガノンはこれを好機と見て、言葉を続ける。

「他にルアーキーなる者がこの世に居らぬのであれば、俺はかの者と旅路をともにしたことがある」
「えっ……」

 少年が驚き、続けて無言になる。ガノンは、更に話を続けた。己の知るルアーキーの姿を、少年へと伝えるために。

「貴様くらいの年かさだったというのに、かの者は復讐に心を焦がしていた。姉と慕っていた女の、かたきを討ち果たさんとしていた。そのためならば、荒野すべての匪賊を滅ぼすとも決意していた」
「それで……」

 少年が、小さくこぼした。ガノンは、一旦言葉を止める。すると少年は、ポロポロと言葉を紡ぎ始めた。

「あの人……ルア兄は、街に来た頃、返り血にまみれていたんだ。目も鋭くて、話しかけても反応が鈍かった」

 少年の言葉を、ガノンは黙って受け止める。話が途切れても、なに一つ口を挟まなかった。

「それが、少しずつ変わってきてさ。あの事件が起きる前には、すっかり仲良くなれたんだ。なのに……」

 あの日。少年は戻って来てと言った。にもかかわらず、ルアーキーは戻って来なかった。貧民と軍隊の死体を残して、街から消えてしまった。

「おいらも、なんとなくはわかっているんだ。ルア兄に、なにかがあったんだって。でも」
「なに一つ、事実を確認していない、ということか」
「そうだ。おいらはなにも見ちゃいない」

 復唱めいて、少年はガノンに応じた。男は、【大傭兵】ならぬただのガノンは、その言葉をしかと受け止めた。

「ならば。この旅路は、戦神の導きやもしれぬな」

 荒涼とした風に、言葉を流す。二人の目的は一致している。ならば、もはややることは一つだ。ガノンは、ホクソー馬に向けてムチを振り上げる。

「少年よ。掴まっていろ」
「わかった」

 ガノンの逞しい背に、襤褸の少年が引っ付く。ガノンがいよいよムチを振り下ろさんとしたその時、視界の片隅に一つの影が入った。

「た、たすけて、くれ」

 荒野に打たれ、弱り切ったかに見えるその影には、匪賊の色が濃く残されていた。

#6へ続く

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