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カフェテリア林檎

駅前にある「カフェテリア林檎」には、艶っぽいママがいる。
妖艶なマダムといった感じだ。

「林檎セットの卵サンドと」
「ん……」
「ピラフとカツカレーのセットでお願いします」
「ん……」

ママの鼻から抜けるような「ん……」という声が悩ましく色っぽい。
その人は年を重ねるたび美しくなっている気がする。

「セットのドリンクは?」
「二つともコーヒーで」
「ホットでいいのね」
「はい」

銀婚式のお祝いを頂いたので「二人で食事に行こう」という話になった。
「どこ食べに行こっか」と、ウキウキしながら夫に聞いた。
肉食系の夫なので、焼き肉とかステーキとかのリクエストを想像していたけれど、即答で「林檎がいい」と言った。

「カフェテリア林檎」は、私たちの1ページ目だった

初めてそのカフェテリアに入ったのは、私たちが高校三年生の時だった。
土曜日の授業が終わり、Wデートと称してランチに行ったのが林檎だった。
男子は塚本君と土田君、女子はアヤちゃんと私。
四人はクラスメイトだったけれども、塚本君と土田君が悪友だというだけで、他の関係性はクラスメイト以外の何者でもなかった。

アヤちゃんと私はサンドイッチをシェアした。
あざと可愛く小食をアピールするわけではなく、緊張して食べられる気がまるでしなかった。
サンドイッチだったら大口開けなくてもすむし。
ドキドキして食べたので味はよく分からなかった。

食事が済んで「これから何処へ行こうか」と塚本君。
「海がいい」と土田君。
塚本君が「姉ちゃんから借りたんだ」と、白いTODAYを出してくれた。
車には初心者マークが付いていない。
同じ高校三年生だったけれど、塚本君は年が一歳上というのをその時初めて知った。
土田君はすでに知っている風だった。

小さな軽自動車に、制服姿の四人が乗り込む。
アヤちゃんと私は後部座席に座った。
阿賀野川の土手道を、海を目指してぐんぐん走る。
アスファルトの凸凹で、満員のTODAYが跳ねるたびにみんなで笑った。

塚本君はハンドルを握りながら後部座席を振り返り、話を盛り上げようとする。
そのたびに土田君が「前、前!」と塚本君をたしなめる。
土田君は後部座席の私たちと目をあまり合わせない。
タイプの違う悪友の二人だけど、いつも学校でツルんでいた。

松林を抜けると海が広がっていた。
十月の日本海は、もう寒そうに荒波が立っている。
波打ち際に走り出した途端、土田君がはしゃぎ出し足元の悪いテトラポッドに上った。
案の定、砕けた波から逃げられずに水を浴びた。
「土田、お前バカだなあ!」と、塚本君がお腹を抱えて笑った。
「風邪ひくよ」と、私はハンカチを渡した。

週末明けの放課後、土田君が生徒玄関で待っていた。

「一緒に帰ろう」
「うん」

約束もしていないのに、当たり前のように一緒に帰った。
幼い二人の交際のスタートは、とてもたやすいものだった。

ー後日談ー
貸したハンカチは、しばらく返ってこなかった。
土田君は「なごみちゃんの匂いがする」と、ハンカチを大切に持っていたそうだ。
「もう、土田君たら」といちゃこらする私たち。
海水を拭いたのだから、磯の香りだろうにね。
とんだバカップルだ。
ーーーーー

初めてのカフェテリア林檎は、1988年10月22日の話。
忘れもしない。
だって、初めての記念日だもの。

前日の1988年10月21日、大江千里さんのシングル「これから」がリリースされた。
A面とB面に共通して、歌詞に「制服」というワードが出てくる。

これから」 大江千里
つゆあけのまえの校庭に
まばらな制服がここから小さく見える
サヴォタージュ」 大江千里
制服におされて つり革が額にあたる
途中で降りたホームの空は海の色してた

この頃、私たちは制服の高校生だった。

・・・・・・・・・・

「俺らのこと『たまに来る客』って覚えてくれてるのかな」
「パパのことは覚えてると思うよ。今までお客さんで男の人ほとんどいなかったし」

そう言って、二人で様々な年代の女子会のテーブルを見渡した。

「お水のおかわりいかが?」
「あ、お願いします」

あたふたとママにコップを渡す夫が、かわいい坊やに見えた。

お会計の時にママの顔をじっと見た。
やはり綺麗な人だ。
ちょっと不自然に、ママをしばらく見つめてしまった。
ママは「ありがとうございました。気を付けてね」と笑顔で送り出してくれた。

外は小雨が降っている。
駅の駐車場に停めた車まで二人で走った。
林檎を後にして思う。
32年間変わらず、私の一番そばで髪を撫でてくれるこの人を大切にしたいと。


『にいがたショートストーリー』掲載作品
(掲載にあたり、加筆訂正しております)

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