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残り0.6秒だった #スポーツがくれたもの

友達に誘われて小学4年生でバスケを始めた長男は、6年生でキャプテンに選ばれた。

「絶対このチームで優勝します!」

2月に行われた最後の大会の決勝戦直前、地元ケーブルテレビのインタビューを受けた長男は、声を高らかに宣言した。

その左膝には何重にもきつく巻かれたテーピングと、さらにその上から覆い被さるようにサポーターをつけている。

もう限界だろう。

テーピングの下で悲鳴をあげている膝は、最後まで持つとは思えなかった。



市内では年2回、夏と冬にミニバスケットボール小学生大会が行われる。夏の大会では、まず4チーム総当たりのリーグ戦を行い、上位2チームが決勝トーナメントに進める。

しかし、冬の大会ではリーグ戦は行われず、いきなりトーナメント戦になる。しかも、隣の市の上位3チームの参加が受け入れられており、負けたら終わりという大会をさらに過酷なものにしていた。

長男がキャプテンとして率いるチームは、夏の大会で3位だった。

リーグ戦はトップ通過をしたものの、準決勝で惜しくも敗れた。それが悔しくて悔しくて、最後である冬の大会では絶対優勝するぞとチーム全体で息巻いていた。

同じ小学校の生徒で結成されているにも関わらず、6年生が10人もいる大所帯だったチームは、常に激しいスタメン争いが行われていた。お互いがライバルで刺激しあう日々は、チーム内で行われる5対5のゲームが練習試合顔負けの真剣勝負となる程、充実したものだった。


その状態をキープしながら迎えた大会一日目。

第一試合、そして勝ち上がってくるであろう第二試合の相手は、今までの対戦では大差をつけて勝っている。このまま準決勝までは余裕で勝ち進むと予想された。

「本番は明日の準決勝だ」

監督はそう言って、今日はベンチ入りした全員が試合に出れるようにリードするぞ!と檄を飛ばした。

そんな余裕のある第一試合の2Qで、弾かれて転がったボールを追いかけた長男は、床に左膝を思いっきりぶつけた。

「打撲だね、痛い?」

大会中は、接骨院の先生が常駐して怪我やトラブルに対応してくれている。試合後に「診てもらってこい」という監督の指示で本部に向かうと、熊のように大きな先生は長男をベットに寝かせ、足を触りながら聞いた。

「痛いです」

痛みに強いのか鈍感なのか分からないが、普段はあまり「痛い」と言わない子だ。そんな長男が痛いと言うなんてよっぽどだと思うと、このまま連れて帰りたくなった。

「試合はどうする?出る?」

「出ます」

即答する長男に「いや無理しなくても、、」とココロの声が漏れる。そんな私の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、熊のような先生は、

「じゃあ、試合の30分前においで。テーピング巻いてあげるから」と言った。

私の心配をよそに、午後から行われた二回戦の1Qに出た長男は、チームが流れを掴むとベンチに引っ込んで応援に徹していた。



「あんた、本当に大丈夫なん?」

大会二日目。第二試合も大差をつけて順調に準決勝に駒を進めていた。しかし、準決勝の相手は夏の大会2位のチームだ。クラブチームに在籍をしている子も数人いて、一日目とはレベルが違う。

「大丈夫」

こんな時、親の心情は複雑だ。試合にはもちろん出してあげたい。でも、腫れた膝を見ると胸が詰まるし、これ以上無理しなくてもいいと思う。

もう充分頑張ってきたやん。

ココロの中ではそう思う。でも言葉にはできない。言ったところで、人一倍負けず嫌いで責任感が強いこの子は聞かない。

「絶対、決勝に行きたいから」

自分のせいでチームが負けるのは嫌なのだ。

頑張ってとは言えなかった。「無理だったら監督に言うんだよ」それだけ伝えた。



左膝はもう限界のはずだった。

絶対に決勝に行くという気持ちだけで出場した準決勝で、長男は5ファールで退場になるほど気迫せまるプレーをした。

いつもはコート内で冷静沈着な長男が、5ファールで退場。

しかも最後のファールはオフェンスファールだった。勝ちたい気持ちが強すぎてゴールしか見えていなかった長男は、相手チームのディフェンスに真正面からぶつかったのだ。

これが危険行為とみなされ、退場となった。仕方ない。最終クォーターの残り1分をベンチで泣きながら過ごした長男は、そのままリードを守り抜いた仲間に支えられながらコートを後にした。

そんな無茶なプレーをした後だ。

このまま試合に出れば、今以上に膝が悪化するのは目に見えている。

それでもキラキラした目で「絶対このチームで優勝します!」とインタビューに答える長男を見ると、私はどうしても止めることができなかった。



決勝戦の対戦相手は、隣の市1位のチームだった。身長が高い子が多く、そしてとにかくスピードがあるチームだった。

そのスピードに翻弄されながら1Qは8ー12とリードを奪われ、2Qでは17ー14と逆転し、そして3Qでは21ー23と再びリードを奪われる互角の戦いとなっていた。

息を吐く間もないほどに繰り広げられる激しい攻防戦に、両サイドの応援席からは、歓喜とため息の声が絶え間なく聞こえてくる。

長男は少し身体を傾けながらも、コートを走っていた。ポイントガードとして、指示を出し、パスを回す。準決勝のような無茶なプレーはせず、膝を気にしながらも、いつもの冷静さでチームを引っ張っていた。


最終クォーター中盤

26ー27


残り2分

長男がバスケットカウントを決めて逆転する。

29ー27


残り1分42秒

流れに乗ったチームがさらに得点を加えた。

31ー27


残り59秒

相手チームの速攻が決まる。

31ー29


残り15秒

こぼれたボールをロングパスでつなげた相手チームがゴールを決め同点。

31−31


「一本!!一本だよ!!!」

残りは15秒。どちらかが入れれば勝負は決まる。今、ボールを持っているのはうちだ。このまま一本を決めれれば、あとは守りきればいい。

長男がドリブルで運び、ゴール下で待ち構えていたセンターにパスをした。センターは体勢を整えシュートの構えに入る。

その時、ピッ!と審判の笛がなった。

「トラベリング!」

センターの子がシュート体勢に入った時、身体がぐらついた。そして体勢を立て直そうとして足が動いてしまいトラベリングとなった。


残り6秒

相手チームのボールとなる。でも6秒だ。6秒守れば延長になる。守って。6秒守りきって!

コート内にパスが放たれた。相手チームの8番がキャッチする。

「速いよ!!!」

ドリブルをしているとは思えない速さでディフェンスを交わし、ゴールに向かって一目散に走る。

ゴール前ではディフェンスの2人が手をあげた。しかし、スピードは落ちない。間を抜けていこうと頭の上にボールを掲げながら、8番はジャンプする。

ピッー!!

ファールだ。手をあげたディフェンスが、シュートフォームに入った8番の身体に接触してボールが落ちた。これはシュート妨害となる。

「ごめん」

接触した子が泣きそうな顔でチームメイトに手を合わせて謝った。でも、あのままシュートしていたら入っていただろう。誰もその子を責めず、軽く手をあげて「どんまい」と答えた。


残り0.6秒

相手チームにフリースローが二本与えられた。

入れば優勝、外せば延長という緊張感の中、8番は審判から受け取ったボールを、床にダン!ダン!と二回ついた。

外して。

場内はしんと静まり返っていた。一本でも入ったら負ける。私は強く手を組み、ココロの中で『お願いだから外して』と祈っていた。

8番の両手がスッと額の前まであがると同時に軽く曲げた膝が、再び伸びる。その勢いを借りて右手から押し出されたボールは、綺麗な放物線を描いてゴールに向かって飛んでいく。

外して。

外して。

外して。お願い。


シュッ!


ため息も出なかった。

ただ、息をのんだ。


ワァァー!!!

相手ベンチから大歓声が聞こえた。

視界の左端ではコーチが頭を抱え、もう耐えきれずに泣き出している子もいる。

歓声が上がる応援席にガッツポーズをした8番は、落ち着いた様子でもう1本も決めた。

31ー33


残り0.6秒

最後のボールをキャッチした長男は、そのボールを思いっきりゴールに向かって投げた。その瞬間、終了のブザーが鳴り、長男が投げたボールはゴールには程遠い手前で落ちた。

31ー33

終了。



0.6秒

残り0.6秒だった


子供たちは泣いていた。

ボロボロと泣きながら「ありがとうございました」と応援席に向かって頭を下げる。

応援席では全員が立ち上がって、勇敢に戦い抜いた選手たちに盛大な拍手を送り続けた。

「よくやった!!」

「良い試合だったよ!!」

口々に子供たちに向かって叫ぶ保護者の顔は、みんな笑顔だった。


涙は出なかった。

悔しくもなかった。

とても清々しかった。



あれから3年経って思い返してみると、とんでもない無茶をさせたなと思う。

キャプテンの重圧があったとはいえ、怪我をした長男を最後まで出場させたのは、親として間違っていたのかも知れない。

大会翌日、かかりつけの接骨医院に行くと、

「こんな状態で試合でたの?えぇっ!?しかも三試合も!?お母さん、何考えてるんですか!!」

いつもは優しい先生にこっぴどく叱られた。そして実際、痛みが取れるまでかなりの時間を要した。

だから、長男が無理をして出場した大会を美談にするつもりはないし、スポーツをしているお子さんをお持ちの方には、親の判断で子供を止める必要もあるんだと伝えたい。


でも、私は後悔していない。


0.6秒

その1秒にも満たない僅かな時間で、あの場にいた全員が勝敗以上の価値を学んだ。それは今までの人生において何者にも変え難い瞬間だった。


0.6秒

残り0.6秒だった


その時間を、私は一生忘れない。






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