受験当日の愛が溢れる弁当の話
「受験日、駅まで送ってくれん?」
公立入試の数日前、長男に聞かれた。同じ高校を受験する二人の友達を迎えに行ってから、駅まで送って欲しいと言う。
「いいよ。早めに時間決めて」
長男の通う中学校から、その高校を受けるのは三人だけだった。同じ小学校出身の三人は、塾も一緒でとても気が合う。この半年間、お互いに良い意味で刺激し合いながら過ごしていた。
「YはRの家で待ってるって」
家が近い二人は、まとめて乗せることに決まり、私も友達と一緒なら安心だなと思いながら、自分の段取りを決めた。
受験日当日、いつもは何度起こしても起きない長男だが、さすがにこの日はちゃんと起きた。
6時50分に家を出て、R君の家に向かう。先に待っていたY君を乗せると、R君が緑のバンダナで包まれた弁当箱を抱えて車に乗り込んできた。
「弁当、丸出しじゃん!」
思わず突っ込む。
その後ろから出てきたR君のお母さんが、「すいません、よろしくお願いします」と言い、「こちらこそ。三人とも、受かって欲しいですね」と簡単な挨拶を済ませて出発した。
車が走り出すと、R君はカバンを開けて丸出しだった弁当を入れながら、忘れ物チェックを始めた。
「忘れ物、無いかな。弁当は別にいらないけど」
いや、めっちゃ大事そうに抱えてきてたよ、R君。
「食べなくてもいいくらい。弁当のおかず見るとゲンナリする」
「えー、Rひどいな!」
「そうだ、お母さんに謝れ!」
R君の発言に、二人からの集中攻撃が炸裂する。
「だってさ、私立の時、おかずにカツ入ってたし」
「あー、、」
「それはー、、」
カツと聞いて今度は二人の攻撃が止まり、微妙な空気が流れた。
「カツって、ゲン担ぎすぎじゃね?」
「うーん」
「そうだけど」
答えに困っている二人。確かに初めての受験という緊張の中、カツを胃袋に収めるのは至難の業だろう。現に、長男も私立の受験の時は、食欲がなかったと言って弁当の半分を残して帰ってきた。
でも、それはお母さんの気持ちなんだよ。ここは母親代表として言わねば!!
「おばちゃんは、お母さんの気持ちよく分かるよ。親はそれくらいしか出来ないからさ。だから、別に無理に食べなくてもいいんだよ」
「いや、全部食べましたけど」
何!?
全部食べたんかーい!!
緊張の中、カツを残さず食べるR君を想像して笑った。なんだかんだ言いながら、母の愛を全て食べ切った中学生男子。
かわいい。かわいすぎる。
素直じゃないけど、空っぽの弁当箱に『ありがとう』の気持ちが込もっているなと思った。
それから駅まで、三人で持ち物チェックを済ませた。その持ち物チェックも、財布は誰かが持ってるよねとか、受験票忘れてもどうにかなるよね、という適当な確認だったが、まぁそれぐらい余裕がある方がいいのかもしれない。
「ありがとうございました!」
駅に着くと声を揃えてお礼を言い、改札口に向かって歩き出す。その背中に、「受験番号と名前だけはちゃんと書くんだよ!!」と叫んで、三人を見送った。
帰り道、静かになった車内で弁当の会話を思い出す。すると、さっきは可笑しくて笑ったのに、今度は涙が出てきた。
みんな良い子に育ってるなぁ。
受験当日に親ができることは、弁当を作ることと祈ることだけ。その箱の中には、おかずだけじゃなくて、15年分の愛情がぎっしり詰まっている。全部食べても食べ切れなくても、蓋を開けただけでその気持ちは届くはずだ。
三人とも、受かりますように。
この想い、届け!
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