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手術前夜の贅沢 : そうえいば、私は乳がんだった⑦

手術を翌日に控えた7月12日、私は入院しました。いつも通っている病院ではなく、先生が週1回外来と手術をされている近くの公立病院でした。

当時、この病院は建て替えの真っ最中で、私が入院する外科病棟はいち早く建て替えが終わったところで、真っ新な病室は私の不安を軽くするものでした。

広々とした4人部屋に、明るい室内。トイレも目の前で、とにかく全てが綺麗。シーツがピンと張られたベットに腰掛けると、なんだかホテルにでもきた感じがします。

もちろんここは病院で、翌日には手術を受けるという大きな仕事があるのですが、一人でベットに寝るなんて何年振だろうと考えると少し嬉しくなりました。

子供が産まれてから「早く早く!」が口癖になっていた私は、日々時間に追われていました。早く食べなさい、早く準備をしなさい、早く歩きなさい、早く寝なさい。子供たちを追い立てることで、さらに心の余裕が失われ、ただ自分の余裕の無さをアピールするために怒る、という悪循環に陥っていた気がします。

重い身体を引きずるように家事をこなし、せっかくできたスキマ時間も何かやる気にはならず、ボーッとしている間に終わってしまう。乳がんが分かってから、本当はもっと子供たちと触れ合いたいと思っているのに、それができない自分に対する苛立ちと疲れが出ていた時期でもありました。

でも、今日は。

いつもかき込むように食べる夕食も、今夜は味わって食べる事ができます。同じ布団で誰かと寝ることも、夜中にいきなり頭突きを喰らって目が覚めることもありません。

それは寂しいことではあるけれど、私が私を取り戻すには必要な時間かもしれないな、と思いました。

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夕食の前だったか、後だったか、、看護師さんに、「ごめんねー、ちょっと部屋が変わることになっちゃって」と言われました。

「あっ、全然いいですよ」と言い、荷物をまとめ始めると、

「ベットごと移動するから、ナゴミさん乗ってく?」と聞かれました。

乗ってく?タクシーじゃあるまいし。

「いえ、大丈夫ですよー」と笑いながら言うと、看護師さんは「じゃあ、荷物はベットの上に置いちゃって!」と言いながら、ストッパーを外しました。

そして前後2人でベットの舵をとり、北側の病室からナースステーションを挟んだ南側の病室まで、見事にクランクを突破し移動していきます。

私はそんな看護師さんを頼もしいなと思いながら、小走りでついていきました。

「はい、完了!」

新しい部屋は窓際でした。最上階の病室からは、自分の住んでいる街が一望できます。

あぁ、今日はラッキーだな。

明日、私の左胸はなくなるけど、その先にどんな治療が待っているか分からないけど、それでも今日はラッキー。

辺りが暗くなって灯り出した街の明かりを見ながら、この贅沢な時間を忘れないようにしようと強く思いました。

つづく。









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