なぜ種麹の培養は木灰だったのだろうか?

「麹」というものをご存知でしょうか?

塩麹、麹味噌、酒蔵の麹を使った甘酒、といったもので名前を聞いたことがある方も多いのではないかと思います。
私のような醸造にかかわっている人間からすると、「麹」と聞いていの一番に思い浮かぶのが日本酒の醸造に使われる米麹です。

私自身はワインの醸造を行っていますので、この「麹」というものについてはまったくの門外漢。何となくこんなもの、というイメージはあっても具体的なことは何も知りません。しかしせっかく醸造の世界にかかわっているのに、醸造酒の製造工程に深くかかわっている存在のことをろくに知らないというのはあまりに勿体ないことです。

ぜひ麹について勉強をしてみたい、その想いからTwitterやnoteで麹について発信をされているハヤテさんに先生役をお願いをして勉強会を開催させていただくことにしました。

ハヤテさんについてはこちらとか、

こちらからどうぞ


この勉強会、今日 (2020年10月30日) 開催をさせていただき、Youtube liveでもストリーミング配信を通してご興味をお持ちいただけた方にシェアをさせていただきました。

こちらは音声のみ15分間のショートバージョンですが、私が主催しているオンラインサークルメンバーの方には私の学びをシェアする目的でアーカイブ全編をご覧いただけるようにしています。基本はワインにかかわる内容を扱うサークルですが、最近は醸造酒全般であれこれやっていたりもするのでご興味お持ちいただけるようでしたら覗いてみてください。

▼ サークルの詳しい情報やご加入はこちらからどうぞ

▼ サークルなんて興味ないよ、ストリーミング配信だけ見るよ、という方はこちらのチャンネルを登録いただくといいかもしれません


今回の勉強会では麹について歴史から種麹の培養方法、麹の育て方、酵素の種類やその産生、使い方に至るまで本当に幅広い内容のお話を聞かせていただきました。とにかくとても学びの多い2時間だったのですが、その中で昔は種麹の培養に木灰を使っていた、というお話がありました。

灰は水に溶かすとアルカリ性を示します。このアルカリ環境下で種麹を培養することで雑菌を取り除き、麹菌のみを取り出すことに成功していたそうなんです。でも麹菌自体は酸性環境を好む、というお話も。
こういう話を聞くと頭に浮かぶのが、種麹は酸性環境下では培養できないのだろうか、という疑問。そして、どうして昔の人は灰を使った手法を確立したのだろうか、という疑問です。

特に灰を使うことでコンタミを予防した、という話はとても興味深いことでした。なぜ、アルカリ環境下だったのか。そのことが勉強会が終わってからも頭から離れません。
そんなこんなで、なんでだろうなぁ、と考えながら車を運転しているときに閃いたんです。重要なのは麹になる対象物の「表面」をアルカリ化することだったんじゃないのか、と。


今回のハヤテさんのお話では麹菌は対象物の表面にある程度まで広がり、そこから根を対象物の中に伸ばしていく、という成長過程をとることを教えていただきました。一方で、木灰は種菌を撒くのと同時に混ぜ込まれていたそうです。

ここでのポイントは、木灰がアルカリ化するのは接触している麹対象物の表面だけにとどまっており、その内部には及んでいない、ということなのではないかと思ったのです。


アルカリ環境の何が悪いのか、という疑問もあると思うのでごくごく簡単に解説してみます。

石鹸を思い浮かべてみてください。みなさんはどういう時に、どういう目的で石鹸を使うでしょうか?

今のご時世、もっとも身近な使用のタイミングは手を洗う時だと思います。目的は汚れを落とすことと殺菌でしょう。この石鹸、アルカリ性です。つまり、アルカリ性になっている、ということは殺菌されて汚れが落ちる状態になっている、ということです。微生物には優しくない環境です。


灰を振ることで麹の対象物の表面をアルカリ化すると、この対象物の表面では微生物類の繁殖が非常に難しくなります。このこと自体は麹菌にとっても同じですが、同じではないこともあります。麹菌は酵素を作り出せるので根を”アルカリ環境になっていない”対象物の内部に伸ばすことができる、という点です。

これは対象物の表面でしか生きられない微生物類はアルカリ化の影響を直接受けてしまうのに対して、麴菌は少なくとも中性環境にある対象物の内部に根を張り、そこから栄養を摂取することで生き延びられるのではないか、という可能性を示唆しているように私には思えます。そして、この違いこそが木灰を種麹の培養時に選別方法として採用していた理由なのではないか、と思ったわけです。


種麹の培養、ということはとりもなおさず分生子の生成とその散布に至る段階まで対象となる菌が生存していなければならない、ということです。しかも分生子の生成にはエネルギーが必要となりますので、アルカリ化の影響で対象物の表面に干渉できない状態ではその段階まで成長することはおそらくできません。一方で、”アルカリ化した表面以外”から栄養を摂取できるのであれば話は別です。
この栄養摂取経路を限定する、という手段をもって昔の人はそこに繁殖する微生物の種類をコントロールしたのではないでしょうか。


昔の人が種麹の培養を行う際に木灰を使った理由を自分なりに考えてみた結果、こんなところに行きつきました。この仮説が正しいのか間違っているのかはまだ調べてみないとわかりません。
いやいや違うよ、こんな理由から使っていたんだよ、ということを教えていただける方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示ください。


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