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外界は、汚い

微生物汚染

そんな単語を耳にしたことがある方はどれほどいらっしゃるでしょうか?


世界の片隅でとはいえ、ワイン造りというものをしていると、まぁ、いろいろあります。
ワインなんて高級でハイソサエティ(すでに死語でしょうか?) な印象をもたれることも多いものですが、その実情は本当にいろいろ。職人や芸術家のような気質の方が一つの作品のように手がけているものから、数こそ正義、とばかりにまさに工業的に造っているものまで。これ全部を「ワイン」という一つの単語で括ってしまうから世の中で悲しい行き違いや誤解が生まれているのではなかろうか、なんてちょっと小難しいことを考えてみたりもするわけです。

ただそんなワイン造りにおいてもタブーというものは存在しています。これをやっちゃうとほぼ間違いなく美味しくないワインが出来上がりますよ、という嫌な意味でのお約束です。そんなお約束の一つが、冒頭のもの。そう、微生物汚染というモノです。

ワインというものは言わずもがなですが、食品の一角にその名前と存在を連ねています。つまりは人様の口に入るもの。
そんなワインはとにかく衛生的であることが求められます。世の中では確かにカビたものとか腐りかけたものを逆に美味しいもの、高貴なものとして押し戴くこともありますが、それは一部の例外で、基本的には誰だって微生物なんていわれる何かが入ったものを積極的に口に入れたいとは思わないものです。腸まで届く生きた乳酸菌を口に入れられるのは、それがどこの何もので、安全かどうかが分かっているから出来ること。
これが腸まで届く何かしら謎の微生物が複数種類入ってます、なんて言おうものなら消費者相談センター直行の案件になります。

微生物汚染というものは、ワインについて言えば、ワインの製造過程のどこかしらで入ってきてはいけない微生物がワインに混入し、(多くの場合)そこで繁殖してしまっている状態を指します。経路としては製造設備や製造所内で微生物が繁殖してしまっていて、その微生物に汚染された不衛生な状態のモノや場所を使ってワインを造ってしまったためにワインにもその微生物が移ってしまい、結果としてワインも汚染される、ということがほとんどです。

分かりやすい例を上げるとすれば、狙っていない場合における産膜酵母の混入。こちらの記事に書いたケースです。あとはブレタノマイセスというこれもやはり酵母の混入も多くの場合は微生物汚染の事例に分類されます。

こうした微生物汚染を避けるための方法は、とにかく掃除。
1に掃除、2に掃除。3、4も掃除で5に掃除。とにかく醸造所内や使う器材類を衛生的に保つことが重要です。ご自宅の台所や排水溝を綺麗に保つのとやっていることは何にも変わりません。収穫前のワイナリーの一番の仕事は、徹底的な清掃作業です。

こうして衛生にした場所と器材を使って衛生的に造ったワインをさらに衛生的なままお客様のお手元に届けるため、使われるのが酸化防止剤の名前で知られる亜硫酸塩です。化学物質名でいえば二酸化硫黄。SO₂と表記します

日本では頻繁にワインを飲んで頭が痛くなる原因の物質だとして話題に上るので、なんとなくご存知方も多いと思います。


この物質は日本語では「酸化防止剤」と書かれることが多いので多くの方がワインの酸化を防止するためのもの、と思われています。でも実際にはいくつかの役目を担っていて、その一つがワイン中における微生物の活動の抑制です。
甘口ワインを造る時には発酵中のワインの中で元気に動いている酵母の動きを止める必要がありますが、その時にもこのSO₂というものを使ったりします。またワインを瓶詰めして空になった木の樽、微生物が繁殖するには絶好の環境です。そこでやはりこのSO₂というものを溶かした水を入れておいたり、樽の中で燃やしてその煙で殺菌をしたり (これを燻蒸といいます) しています。

消費者の方々からは使用について悪印象を持たれる可能性が高いことも分かっていながらも、我々ワイン生産者は安心安全なワインをお届けするためにその批判に耐え、このようなモノを使いながらも衛生的なワインを造ることに日々心を砕いています。


そこまでして微生物汚染を避け、クリーンなワインをお届けすることに心を砕いているはずなのに。こういったこと全てを台無しにする光景をよく見かけます。しかも、その光景はワインを巡るあらゆるシーンに存在しています。それこそ、ワイナリー内でも見かけるのです。


それが、一度抜栓したワインのボトルへのコルクの挿しなおしです。


ワインはほとんどの場合でボトル1本が750ml。日本の一部では720mlのものもあるのでしょうか。とにかく、1リットル弱です。ビールに直せば大ジョッキ2杯弱。お酒がそれほど得意なわけではないという方が一人で一度に飲み切るには少々多い分量です。そうなると、抜栓した日には全量を飲み切らずに適度なところで一度封をして、翌日以降にまた楽しむ、という流れが出来上がります。
これがスクリューキャップであるならなんの問題もありません。お手軽に再度キャップを締めて冷蔵庫に入れればOKです。

問題なのはコルクの場合。
ワインのコルクを抜いたことがある方であればほぼ全員が経験していると思いますが、ボトルから抜かれたコルクの形はキレイな円柱形にはなっていません。多くの場合でボトルの内側に入っていた方が太く、コルクスクリューを差し込んだ手前の方が細くなっています。
そうなると、ボトルに挿しやすいのは手前の細い側。つまり、飲み切れなかったワインのボトルにはコルクが元とは逆さまになった状態で挿し込まれることになります。

これはとても一般的な光景です。ワインに興味をあまりお持ちでない一般家庭でも、ワイン好きな方のご自宅でも、ソムリエ資格をお持ちの方のお手元でも、ワインショップでも、それこそワイナリーでも見かけます。たぶん、多くの人が何一つ疑問を持たずにやっていることだと思います。


でも、ちょっと考えてみてください。いま、ワインのボトルの内側に入っているものは何ですか?


私はワインを造ってはいますが、ワインの扱い方にはそれほど煩くない人間です。
一度自分の手元を離れた以上、それをどう扱うのかはその人の自由。そこまで造り手が介入するのはちょっと違うんじゃないかと思っています。だから、別の人がなにをしていても基本的には見て見ぬふりです。そんな私がほぼ唯一、自分自身では絶対に。そして自分の近くにいる範囲の周りの人にもやらないように言うことがあります。それが、コルクの逆挿しです。

これは別に造り手に対するリスペクトの表れではありません。単純に、不衛生だからです。そう、不衛生なのです。

我々造り手はワインを造る際には衛生問題にとても気を使っています。
それはワインだけではなく、ボトルの内側に入るものすべてに対してです。ボトルはワインを充填する前に洗浄しますし、ワインを充填する充填ノズルをはじめとして各種装置や器材の消毒殺菌も当然ながらしています。さらにはコルクも上下の断面には触れないようにしています。

でも、これが届くのはボトルの内側だけです。ボトルの外側に関しては我々の手を離れています。つまり、我々にはボトルの外側の衛生状況は分かりません。コルクの表面を含めて。


ワインという飲み物は罪なもので、長期間にわたって熟成させるのがいいことだと言われることが多くあります。でも、その熟成は生肉のように衛生環境が整えられた環境で行われているわけではありません。温度は低いけれど湿度は高く、場合によっては埃っぽい場所で、ある意味、無造作に置かれています。この環境に数年にわたっておかれていたものの表面が衛生的だと言える人は一体どれだけいらっしゃるでしょうか?

はっきり言いましょう。コルクのボトルの外側に向かった断面はとても不衛生です。長年に渡って湿度に触れ、カビが生えているかもしれません。虫が触ったかもしれません。まず間違いなく、埃は吸着しているでしょう。
もしこれが食べ物だったら、たぶん誰一人として口には入れようとせず、ごみ箱に捨てると思います。少なくとも、絶対に綺麗に洗おうとするはずです。そのうえで、加熱調理して殺菌をしたうえで口に含むことでしょう。なにしろ、腸まで届く生きた微生物が満載な訳ですから。

にも関わらず、一度抜栓したボトルにあなたはなにをしましたか?

確かにコルクを逆挿しした場合にはボトルを横にすることはなく、コルクと液面が直接触れることはないかもしれません。でも、そのボトル、そのワイン、今でもまだ衛生的だと言えますか??

確かに私たちはワインに二酸化硫黄を入れています。それによってワインに含まれる微生物は動きを止めています。でも、それは可能な限り微生物の量をゼロにまで減らす努力をしたうえでさらに最低限度の量を見切って入れた分量です。外から大量に持ち込まれたものに対処できるようなものではありません。我々はこのテロ行為に対して限りなく無力です。


ワイン醸造における注意項目の一つに微生物汚染というものがあります。

これはワインに限った話ではなく、食品を扱う場所であれば当然の注意項目です。そして消費者の方々もその点には厳しく目を光らせています。もしもパッケージされた食品の中に髪の毛なんて入っていようものなら大問題になります。食品は衛生的でなければなりません。それは我々の健康に関わる重要なテーマです。


ワインはよく蘊蓄を語られます。

その見た目がどうなのか、どれだけ高貴で神秘的な香りや味、そしてストーリーを内包しているのか。語らせ始めたら止まらない、という人もたくさんいらっしゃいます。ワインにまつわる資格や試験も人気です。皆さんがたくさん勉強されていて、注目も集めています。そんな方々は誰一人として、飲んだらお腹を壊すワインや不快な味や香りがするワインなんて求めていません。

我々ワインの生産者はそうしたいろいろな要求、要請に日々向き合っています。そしてそれらに応えるべく、いろいろな手段を取っています。

でもそれらすべての人々が多くの場合、見落としていることがあります。
外界は、汚いのです。

ワインのことをもっと知りたい方に向けて、ワインを造っている人間が普段、どのようなものを見て、どのようなことを考えているのかを発信するサークルを運営しています。
メンバーの方は一般の方では普段はなかなか見ること、知ることのできないワイナリーや畑の裏側、作業の意味の解説や記事への補足、そして私が普段記事を書いているサイト「Nagi's wineworld -醸造家の視ている世界-」の全記事閲覧が出来るようになりますので、ご興味をお持ちいただける方はぜひこの機会にサークルを覗いてみてください。


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ワイン用ブドウ栽培とワイン醸造の専門家。 ガイゼンハイム大卒/ドイツで800年続くワイナリーの中心メンバー。元ワイン無関係の会社員で決断力のある方向音痴。醸造用葡萄の栽培醸造エンジニアの視点から、ワインにまつわるブログ(https://nagiswine.com)も書いてます。

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