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ワインの個性が台無しに!産膜酵母ってなんだろう?

赤ワインを飲んでいて、味わいが妙に平坦なのにどことなくスパイシー、そして香りに少し埃やカビ、もしくは硫化系のニュアンスを感じる気がする、なんて経験をしたことはないでしょうか?

もしかしたらそれは熟成期間中に産膜酵母の影響をうけてしまったワインかもしれません。


産膜酵母?なにそれ。そんなの聞いたことない、という方がほとんどだと思います。
また、もしかしたら産膜酵母という単語を聞いてすぐに、シェリーの醸造過程で利用されるflor (フロール) のことを思い出される方もいらっしゃるかもしれません。

今回はそんな産膜酵母に関するお話です。

この記事では、

産膜酵母とはなんなのか
何が原因で発生するのか

ワインにどのような影響を与えるのか
対処の方法

について解説します。

産膜酵母は基礎的な醸造上のエラーで、回避も比較的簡単な部類のものです。
このため飲み手の方が意識することはそうそう多くはないと思いますが、一部のワインなどではこのニュアンスに出会うことが増えている印象を受けてもいます。

ワインの造り手はむしろ知らなければならないものですが、飲み手の方も今後ワインを楽しむうえで知っておいて損はない内容だと思います。


産膜酵母とはなんなのか

産膜酵母とは読んで字のごとく、繁殖した対象の表面に一見して膜のように見えるものを作り出す酵母のことを言います。
ワインのケースでいえば、この酵母が繁殖するとワインの液面に白い膜が張っているように見えます。

注意: 膜の色は酵母の繁殖状態によっても異なります。白い膜が張っている状態は、この酵母の繁殖が始まってまだ早期の時点であることを示しています

ただこれはあくまでも「膜が張っているように見える」だけで、実際には液面に大量に繁殖した酵母同士がさらに絡み合うことで膜のように見えている状態です。


この酵母の形状は押しなべて長めのオバール形状をしていて、外見的には糸状のようにも見えます。
こういった形状をしたもの同士が絡み合っているので一見すると膜を張っているような状態になるのです。

また「産膜酵母」と一口に言ってもその中には複数の酵母が含まれており、単一の対象を指してはいません
上記のように繁殖することで膜を張ったように見える状態になる酵母群を指して、「産膜酵母」と呼称しています。


シェリーの産膜酵母と同じものなのか

産膜酵母というものは一般的にはあまり目や耳にする機会のないものですが、有名な例外の一つがシェリー (sherry) の醸造です。

スペインのアンダルシア州で造られている酒精強化ワインとして有名なシェリーにはいくつか異なる造り方がありますが、その中の一つにフロール (flor) と呼ぶ産膜酵母を利用した手法があります。

注意:「フロール」とは厳密には産膜酵母が膜を張った状態を指しており、酵母のことを意味しません

ここではシェリーの詳しい製造方法の説明はしませんが、このフロールを利用することでシェリーではワインの過剰な酸化を防止しつつ、独特な味わいを獲得しています。

これだけを聞くと産膜酵母というものは特に悪いもののようには思えないかもしれません。
むしろシェリー以外のワインにおいてもこの酵母を利用することが面白い取り組みのようにも感じられます

ここが落とし穴です。

すでに前述しましたが、「産膜酵母」という枠組みには複数の酵母が含まれます。
そして、シェリーで利用する産膜酵母とワインに発生する産膜酵母とは基本的に別の種類の酵母です。より厳密にいうのであれば、ワインに発生する産膜酵母にはシェリーで利用される産膜酵母も含まれますが、それはごく一部にすぎません。

このため実は我々はすべての産膜系酵母をまとめた意味での「産膜酵母」という言葉はあまり使いません。
シェリーの醸造などで使う有益な酵母とワインなどに発生する有害な酵母を区別できないからです。

ここでもシェリーで利用される酵母に関しては特に「シェリー酵母」として区別します。


シェリー酵母とワインに出る酵母の違い

ワインに対してネガティブな影響を与える産膜酵母には複数の種類がありますが、主なものは次のような酵母群です。

Pichia membranifaciens
Pichia fermentas
Candida vini
zeylanoides
Issatchenkia orientalis

これに対してシェリー酵母はsaccharomyces系統の酵母で、そもそも分類が全く異なります。

シェリーではアルコール度数をあげることによって酵母の繁殖条件を限定し、有益な酵母のみを選別して利用しています。
これに対してワインでは上記のような複数の酵母が雑多に繁殖し、それぞれが異なる影響をワインに与えているのです。


産膜酵母の発生する原因とは

産膜酵母が発生する原因はただ一つ、酸素の存在です。

樽などでワインを熟成している際に蒸発やサンプルの取得などで液面が下がり、樽との間に空気層 (ヘッドスペース) が存在している場合などにこの酵母が繁殖します。

一般的な微生物は糖分があるところに対して繁殖をしますので残糖を残さずに完全発酵させたワインであればこれらの繁殖をある程度防げることが多いのですが、産膜酵母に分類される酵母群は糖分がないところにも繁殖することが特徴です。
つまり残糖を残さず発酵させた辛口のワインであっても、液面が酸素と触れている状態にある場合にはこの酵母の被害を受ける可能性が十分にあります

また微生物の繁殖抑制といえばSO2、つまり亜硫酸や二酸化硫黄と呼ばれるものの添加が思い浮かびますが、液面が酸素に触れている状態とはつまり常にワインが酸化する状態に置かれており遊離型SO2が消費され十分な量を確保できない状態ということでもあります。
このような状況下ではSO2による微生物の抑制効果を十分に期待することはできず、産膜酵母などの発生を抑えることはまずできません。

しかも産膜酵母には二酸化硫黄に対して耐性を持つものも少なくありません。

逆に言えば、産膜酵母に分類される酵母群は好気性の酵母なので酸素のない状態では亜硫酸の添加の有無にかかわらず繁殖することはできません。


誤記載のある記事に注意

ネット上に存在する一部の記事には産膜酵母がアルコール発酵時に嫌気性酵母として存在したのちに好気性に転じている、と書かれているケースがあります。
これは間違いです

たしかに産膜酵母もそれほど高くはないとはいってもアルコール発酵能を持ちます。このためアルコール発酵前の時点でジュース内に存在した場合、Saccharomyces系統の酵母と共にアルコール生成に関与するケースがあります。
しかしこれらのケースにおいては、産膜酵母はアルコール発酵後には失活して好気性酵母としての影響をもたらすことはもはやなくなります

つまりワイン内に存在していても無関係となります。


産膜酵母のもたらす影響

産膜酵母には複数の酵母群が含まれます。そしてそれぞれの酵母からもたらされる影響も厳密に言えば異なります
そんな中でもほぼ共通して言えるのが、以下のようなものです。

エステル系化合物の生成
アルコールの分解
グリセリンや有機酸の分解

またこれが産膜酵母をワインにとって有害と決定づけている要因でもあります。

それぞれをもう少し詳しくみていきます。


ブドウ品種の特徴をマスクする

産膜酵母はバナナやリンゴなどに似た香りを持つ、ethyl acetate (酢酸エチル)やamyl acetate (酢酸アミル)をはじめとしたエステル系化合物を生成します。
これらの香りは本来のブドウ品種独自の香りや味をマスクしてしまい、ワインの持つ個性を殺してしまいます

これ以外にも腐った卵のような硫化臭を発するケースもあります。

またエステル系化合物以外にも一部の高級アルコールの生成を通して味わいへの変化を与えるほか、ワインに酸化や薄っぺらいニュアンスを加えるといった影響も及ぼします。
シェリー酵母の場合にはワインを酸化の影響から守るという効果が期待されますが、ワインのケースにおいてはこのような有益な効果はありません

こういった一連の影響により、ワインの持つ全体的な印象が大きく変えられてしまいます。


アルコールの分解と副生成物の増加

産膜酵母の及ぼす大きな弊害の一つが、アルコールの分解です。

産膜酵母によるアルコールの分解は基本的に酵母がワインと接触している膜の直下部分でのみ行われているため、全体から見れば限定的な影響しかないもののようにも見えるかもしれません。

しかしその影響は決して軽視していいものではありません。

ある研究では、Pichia ferinosaというタイプの酵母の場合で3か月間で50g/L、candida系の酵母に至っては3か月間で実に70g/Lものアルコールを分解したという研究結果が報告されています。

またアルコールが分解されることによりacetaldehyde (アセトアルデヒド)、酢酸、エステル系化合物などが生成されます。
acetaldehydeはワインを飲んだ時に感じる頭痛に関する記事でも書いたことがありますが、強い毒性を持つ上に遊離型SO2を極めて多く消費する物質でもあります。

この物質の含有量が増えるということはそのままワインの品質に大きな影響を及ぼすことにつながります。

酢酸に関してはアルコールに続いて産膜酵母によって分解される対象となる物質でもあります。


ワインを平坦にする抽出物量の減少

産膜酵母の影響はワインに含まれる抽出物の量にも及びます

上記と同じ研究での例を挙げると、candida系の酵母が膜を張ったワインでは3か月間でおよそ10g/L強、pichia系やhansenula系の酵母の場合で9ヶ月でおよそ10g/L前後の抽出物量の減少が確認されています。

量を減らしたのはグリセリンのほか、リンゴ酸、クエン酸、乳酸などを含めた有機酸でした。

これらの抽出物の量が減ることにより、ワインの持つ味わいや印象は平坦なものとなります。
ここに上記のエステル系化合物の持つ強めの香りなどが加わることにより、ワイン自体の印象がガラッと変えられることになるのです。


産膜酵母の対策は難しくない

まず産膜酵母に関してはワインの保存容器を常にワインで満たして空気層を作らないことで簡単にその発生を予防できます。

産膜酵母は好気性の酵母であるためその存在には絶対的に酸素が必要です。
このため液面以外の液中に存在することはほとんどなく、その意味では亜硫酸の添加の有無もそれほど大きな意味は持ちません。

注意: SO2に産膜酵母の発生を抑制する効果がないという意味ではないため、保険という意味では二酸化硫黄を添加しておくにこしたことはありません

単純に日常的にワインの状態を確認し、サンプルとして抜いたり蒸発してしまったりした分を定期的に補充してやっていれば、この酵母による被害のほとんどは回避することができます。

これ以外の予防法としては、

ワインのアルコール度数を高くする
冷暗所でワインを保管する

というものがあげられます。

具体的な温度があるわけではないのですが、涼しい場所に保管している状態であればアルコール度数が10%vol.程度あればこれらの酵母の繁殖は相当な程度抑制することができ、アルコール度数12%vol.以上で全く繁殖しないことが分かっています

これに対して暖かい環境下で保管してしまうとアルコール度数が14%vol.あっても繁殖することが確認されています。

このためワインを樽で熟成させる場合などには極力温度の低い環境にワインを置くことが重要です。
またこうすることでワインの自然蒸発もある程度抑制できますので、二重の意味で安全性を確保することができます。

なおここで注意したいのが、樽を複数積んで保管している場合です。

ある意味で当然のことなのですが、床に近い場所にある樽よりも天井に近い場所にある樽の方が周辺の温度が高くなります。このためワインの熟成庫の温度を低く管理していても、場合によっては上部に積まれた樽では思っているよりも高い温度環境下で保管されており、気が付いたらワインの液面が白い膜で覆われていた、というケースがあり得るのです。


膜が張ってしまった場合の対処法

もしもワインの表面に膜が張っているのを見つけた場合には、亜硫酸などを追加添加するのではなく、まずはその容器にワインを補填します。

この時、補填するワインの量は容器の口いっぱいまでで止めるのではなく、張っている膜がすべて流れ出てしまうまで溢れさせます。酵母によって影響を受けた液面近くの部分を残さない方がいいため、多少多めに溢れさせた方がロスは多くなりますがワインの品質的には安全です。

こうしてワインに混入した酵母を除去したのちに、酵母の影響や酸化などによって減少していると思われる遊離型のSO2を補填します。
これを行っておかないと今度は産膜酵母以外の微生物などの影響を受ける可能性がありますので注意が必要です。

最後に樽にしっかりと口をしたうえで表面を水で流し、溢れたワインを洗浄します。


今回のまとめ | ワインの品質を守るために

産膜酵母について解説をしてきました。

産膜酵母は予防や対処が比較的容易なものですが、その一方で放置してしまった場合にワインに生じる影響は大きくなります。
そして頻度はそう多くはないものの、まれにこの酵母の影響を受けたことが予想されるワインに出会うことがあります。

産膜酵母の予防には二酸化硫黄の使用が必須というわけではないため、知識さえあればSO2の添加を嫌うワイン造りを行っている場合でもこれによる被害を回避することができます
そのはずなのになおこの酵母による被害を思わせるワインが市場に出ていることは、単純に醸造家の怠慢でしかありません。

ましてやシェリー酵母と同一視してワインにこの酵母が混入することを許容することは言語道断です。

飲み手の方も、この酵母の影響を思わせるワインに出会った場合にはその造り手の信頼性に対して疑問を持つべきです。

産膜酵母はいきなりワインの表面全体に一気に膜は張りません
はじめは輪のような小さなものから始まり、それが徐々に大きくなっていって最終的に膜となります。しかもこれは目に見える状態で進行をしていくのです。

つまりこの酵母の影響を大きく受けるに至った、ということは、それなり以上の期間にわたってその状態を放置したということにほかなりません。
うっかり、というような類のミスではないのです。

最近はワインに独自性を求めるあまり、エキセントリックともいえる方向に走る醸造家も少なくありません。

そういったなかでブレタノマイセスや産膜酵母などを醸造手法として取り入れる例が出てきています。
最終的には飲み手の方がそこからもたらされる味わいを肯定するのであれば、それがなんであれ、それこそが正解ということになるとも言えます。しかし「それ」が何であるのかは、きちんと知っていなければならないことです。


おまけ | 好気性発酵という手法

今回取り上げた産膜酵母に含まれるpichia系の酵母の一部は、好気性発酵という発酵方法に対して利用することが試みられている酵母でもあります。

従来のアルコール発酵はSaccharomyces系の酵母で嫌気的に行いますので、この好気的発酵では従来とは異なる風味やニュアンスを得ることができるとされています。

一方でこれはあくまでも発酵時の話であって、熟成時の話ではありません。
つまりこれまで解説してきた内容とは目的も用途も全く異なる、完全に別の取り組みです。

産膜酵母に利用価値が全くないわけではない、という可能性を示す話ではありますが、どのタイミングの、どのような目的のためのものなのかをしっかり切り分けて認識することが極めて重要です。



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ガイゼンハイム大卒/エノログ/醸造用葡萄の栽培醸造エンジニア/元ワイン無関係の会社員/現ドイツのワイナリー勤務とワイン醸造やブドウ栽培関連フリーランスの二足の草鞋。お仕事のご依頼はいつでも大歓迎。メインはhttps://nagiswine.com/

コメント2件

読みやすかったです!
ありがとうございます。これからも御贔屓によろしくお願いします。
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