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銅とブドウ栽培 | なぜ銅を使うのか

先日、運営しているサークル「醸造家の視ているワインの世界を覗く部」内でメンバーの方たちとワインの香りの元になっている成分の一つであるチオールと銅の関係について議論がありました。この議論自体はまだ完全には終わっていないのですが、皆さんの意見に対して自分の考えを書いたり、調べたりしているうちにふとした不安が沸き上がってきました。

「あれ、そういえば銅のこと、本当に完全に把握できてる?」

銅はワイン用のブドウ栽培をしていくうえで欠かすことのできない、絶対に知っておかなければいけない物質の一つです。ですので、栽培のプロを自称する自分が知っていない訳はない、と思いつつ、もし抜けがあれば非常に恥ずかしいことになります。実際、上記の議論では銅自体に対してではないのですが、一部の成分の名前を別名の方で記憶していたためにすぐに回答をすることが出来ず返答までに時間を頂いています。

もし今後の議論の中でさらに銅のことに踏み込んだ内容になった時に、「あれ、知らない、、、」なんてことになったら目も当てられないので予め復習をしておくことにしました。

そもそも何でワイン用のブドウ栽培で銅を使うのか、銅を使うことで得られるものはなんなのか、そして銅を使うことの注意点などをまとめていこうと思います。あと、件のサークルはいつでも新規のメンバー募集中ですのでこういう話に興味がある方はぜひ覗いてみてください。


ワインに銅を使うなぜ

銅はワイン用のブドウ栽培をしていくうえで必須のもの、と書きました。
そもそも銅は生き物が生きていくうえで必要な微量元素ですので、植物であるワイン用のブドウもこの元素を必要としています。しかし、今回はこれとは必要とする理由が違います。銅はワイン用のブドウがかかる重大な病気の一つであるベト病という病気を予防することのできる薬剤として、非常に重要なのです。

最近は農薬を使用しない有機栽培が注目を集めていますが、そんな有機栽培であっても健康で良質な品質の作物をきちんとした量、収穫したいのであれば銅の使用を欠かすことは出来ない、と言われているほどです。

これはなにもワイン用のブドウに限った話ではなく、これ以外にも果物一般やジャガイモ、野菜類などについても同じです。それくらいベト病は幅広く農業分野に横たわった問題でもあるのです。
ちなみにドイツで薬剤としての銅の話題が出るとき、真っ先に話題に上るのはワイン用のブドウなのですが、ここに続くのが多くの場合ビール用のホップの栽培であることはお国柄と言えるかもしれません。


最初は盗難防止だった

銅は最初から病気の予防用薬剤として使われていたわけではありませんでした。その始まりは、ブドウの盗難防止だったと言われています。

時は1800年代半ばまで遡ります。
当時、フランスのブドウ畑はアメリカからはるばる輸入にされきた、今までヨーロッパには存在していなかった新種の病気によって甚大な被害を受けていました。downy mildewやFalscher Mehltau、もしくはPlasmoparaと呼ばれる北アメリカ原産の病気、ベト病です。

この病気の被害が広がる中、被害を受けない畑がありました。
その畑ではせっかく熟成して収穫を待つブドウが周囲の住民たちによって勝手に”収穫”されてしまうことを避けるために、ブドウに銅を振りかけて見た目を悪くしていました。このブドウ畑のブドウは多量の銅を吹きかけたことによって青白い、いかにも不健康そうな見た目になっていたそうです。

見た目は銅によって悪くなっていましたが、ベト病が猛威を振るう中でこの畑のブドウは健全な状態を維持していました。このことに目を付けたことが、ベト病に対して銅が有効な対応策になるという画期的な”発見”につながりました。それ以来、100年以上にわたってベト病の対応策として銅は利用され続けています。


銅による土壌の汚染問題

銅は生体に必要な微量元素ですが、その濃度が高くなると毒性を発現します。この毒性こそが薬剤として使える部分でもあるのですが、その一方で大きな問題も引き起こしました。

1885年に消石灰と硫酸銅を水に溶いたボルドー液が作られ、農業分野で利用され始めるようになるとその使用量はうなぎ上りに増えていきました。1900年代半ばにより効率的な合成系の薬剤が開発されるまでは一年間に1ヘクタール当たり20~30㎏、多いところでは80㎏を超える量の銅が散布されていたそうです。

銅は重金属ですので土壌中で分解されることがありません。このため年々、土壌中に銅が蓄積されていき、一部が地下水や川や海に流れ込むようになっていきました。銅による環境汚染が生じたのです。

このことに危機感を持ち、銅の使用量は制限されるようになってきました。今ではEU圏内におけるワイン用のブドウ栽培でいえば年間に6㎏ / ヘクタールという使用量の上限が設定されています。また有機栽培認証を取るためにはこの半分、年間で3㎏ / ヘクタールまでの使用に抑えることが求められています。
有機栽培認証をとっていないワイナリーであっても銅の使用は必要最低限度、という認識が周知されており、年々その使用量は減ってきています。

しかしその一方で、現在でもまだ完全に銅の持つ効果と同じだけの効果がある代替物が見つかっておらず、銅の利用は避けることのできないこととなっています。


なぜ銅なのか

銅を使う理由は銅の持つ抗菌作用として知られています。

実は銅に限らず、重金属系のものは多かれ少なかれこうした抗菌作用を示します。中世に毒殺を恐れた貴族がカトラリーを銀製のものにしていたことなどもこの一環のお話しです。

純粋に殺菌性の強さでいうと、水銀が最も高く、続いて金や銀などが続きます。しかし水銀などは水俣病の原因となったことでも知られている通り、毒性が高すぎて安全性に問題があったり、コストが高すぎて実用性に欠けるなどの欠点があります。こうした諸々の事情を加味した結果、銅の持つ抗菌作用と安全性、コストのバランスが最も良いと判断されています。

一方でこうした重金属類が持つ抗菌作用のメカニズムは基本的には同じだとされています。

こうした抗菌性を持つ重金属は水の溶かされ、イオン化した状態で植物表面んに対して噴霧されます。ワイン用のブドウ栽培における防除の例で話をするのであれば、葉やブドウの房の表面に付着した銅イオンはベト病の胞子が発芽する際に真菌細胞内に吸収され、そこで蓄積されます。細胞内に取り込まれた銅イオンは細胞内に存在するアミノ基やカルボキシル基と高い結合親和性を示します。こうした反応基と結合した銅イオンは細胞における酵素系やタンパク質の生合成を阻害し、細胞を死に至らしめるのです。

また同時に銅イオンはタンパク質の持つ-SH基や細胞膜中の過酸化脂質とも結合しDNAや細胞膜に対してダメージを与えるフリーラジカルを生成します。こうした効果によって銅はベト病の原因となる原因菌を死滅させ、病気の発生を予防するのです。


銅の持つ問題と代替物の検討

銅が土壌中に蓄積して環境汚染を引き起こすことはすでに書いたとおりですが、ワイン造りにおいてはこれ以外にも銅が問題となるケースがあります。それが元々のサークル内での議論である、ワインの香りへの影響です。


ワインの香りに影響を及ぼすのであればそもそも銅を使わない、という選択肢がありますが、ベト病への対抗策が他にない以上、ただ使わない、という選択は難しいのが現状です。そこで次善の策として考えられるのが、銅を使いつつもワインに影響を与えないで済む使い方の検討と、代替可能な物質の検討です。

環境への影響を背景に、銅の利用を以下に減らしていくのかは常に検討が続けられているテーマです。これらの検討において、天候条件さえよければ年間に2㎏ / ヘクタールの銅の散布でも十分な予防効果が得られることが分かっています。しかし、残念ながら天候は制御することのできない変数としての要因ですから、これをもって安定的に銅を使わない、という決断は出来ません。
同様に天候条件に恵まれる、という前提が成り立つのであれば酸化アルミニウムを主原料とした火山灰のようなものがベト病の予防に効果を示すことが確認されています。しかしこちらも一度天候が崩れる日が続いた場合にはベト病の予防には効果を示さないことが分かっており、代替策としては弱いものに留まっています。

またこれ以外の方法としてはそもそもベト病などに対して高い抵抗力を持つ、Piwi品種と呼ばれる品種を植える、という対策も示されてはいます。しかし、これでは従来のブドウ畑で銅の使用を制限することにはつながりません。


ではどうすればベト病の予防をしつつ、ワインの香りに影響を与えずに済むのか。その明確な答えはまだありません。しかし、銅による防除のやり方をしっかり管理することでワインに与える銅の影響を最小化することは可能です。その管理の仕方は、、、次のサークル内での議論のテーマにしてみたいと思います。
ご興味ありましたらぜひサークルにご参加ください。


画像1写真 (左および中央): JKI、イラスト (右): C. Votteler

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ワイン用ブドウ栽培とワイン醸造の専門家。 ガイゼンハイム大卒/ドイツで800年続くワイナリーの中心メンバー。元ワイン無関係の会社員で決断力のある方向音痴。醸造用葡萄の栽培醸造エンジニアの視点から、ワインにまつわるブログ(https://nagiswine.com)も書いてます。

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