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釜山の夜、謎の女について行ってみた。Part4|まだ結婚はしたくない

この作品は『釜山の夜、謎の女について行ってみた。ー逆ナンは唐突にー』から始まるシリーズのPart4です。よろしければ始めからどうぞ。


暗い。寒い。

 ビルの廊下の両脇には油らしきものの缶が並んでいる。狭い。もし背後から挟み討ちされたら逃げ道はない。石のタイルが冷たい印象を与える。

私はいつでも素早く反応できるよう拳を固めた。

Mはおかまいなしに階段を上っていく。一階、二階…三階…

 二階から三階へと続く階段の入り口には鉄格子があって、牢の入り口のようになっている。

まずい。しかしいまさら後に引けない。上がっていく。

 Mは「おどろいた?」と、にこやかに聞いてくる。その愛嬌がかえって不気味である。

 三階についた。木製のドアが開け放たれており、灯りがもれている。玄関には5足ほど靴が並んでいる。その多くが女性用のものであるように見え、少し安心した。


 玄関を抜けるとそこは吹き抜けになっており、木製の階段とバルコニーが見えた。ビルの外観から想像していたよりは清潔感がある。人影は全くない。

 Mは吹き抜けの二階部分に私を誘い、右手側の部屋へ連れていった。

 部屋にはローテーブルとホットカーペット。テーブルの上には白紙と、表のようなものの2枚の紙が置かれていた。紙の側には2本のペン。

 Mはテーブルの横に座り、私に対面してすわるよう促した。


 Mはそこで私にいくつかの質問をしてきた。父親、母親、私のフルネーム、生年月日などだ。
 
 私は正直に答えるのは不安だったので、適当な偽名と嘘の生年月日を答えた。加藤浩次、真紀子が両親の名で、私はトワだ。

 住所も聞かれたので東京都庁の住所を見せた。
 
Mはこれらを全て疑うことなく韓国語に翻訳して、表に書き記していった。


Mの質問に答えているうちに、ある言い伝えが私の脳裏をよぎった。

道に赤い封筒が落ちていた場合、絶対にそれを拾ってはいけない。その封筒は中華圏の一種のおまじないで、拾った人は死者と結婚したことにされてしまう。

 Mがやろうとしているのは、これの亜種みたいなものかもしれない。

 …流石の私でも死者と結婚はしたくない。
 
 また、Mの場合は細かく私の個人情報を聞いているわけだから、どこの馬の骨かもわからない赤の他人(存命)と結婚したことにされてしまうかもしれない。

 「20年来の幼馴染と、なんやかんやあった後に運命的に結婚する」という淡い妄想を日頃からしている私にとって、この状況は歓迎できない。まあ、私に幼馴染などいないのだが。

 やっぱり嘘をついていてよかった。

 Mはさらに私の学歴と学科を聞いてきた。とりあえず中央大学で物理を勉強していると言っておいた。この嘘にとくに理由はない。

Mは質問を続け、両親の職業を尋ねてきた。

当然、私は嘘をつく。

「父親はコンサルタントで、母親は教師。」

しかしMは腑に落ちないようである。

「こん、さるたん…?」

と首をかしげている。どうやらMはコンサルタントを知らないようだ。説明が面倒だったので、適当にお茶を濁しておいた。


 Mとの会話中は物音はほとんどなかったが、いきなり静寂が破られ、ドアがノックされた。ドアから新たな人物が顔を覗かせた。

 チマチョゴリを着た女性だった。40歳くらいで、シャープな顔立ちをしていた。彼女はT(仮名)と名乗った。

TはMと少し言葉を交わしたあと、すぐに去っていった。

 Mは、突然のTの登場に困惑している私に、「トワ、君もあのKorean clothes (韓国の衣装)を着るんだよ」と言った。

 韓国の伝統衣装を着ているところを想像したら楽しそうだったが、今着ている服を脱いだときに、ポケットの財布やパスポートを盗られるのではという懸念があった。

 また、ひょっとしてTが私が今晩結婚する相手なのではという考えが浮かんできてしまった。残念ながら40歳は私の守備範囲ではない。

 私がどうするか決めかねているうちに、Mはバルコニーを抜けたところにある別の部屋に私を連れていった。

その部屋に広がる光景に、私は目を疑った。

続く


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