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釜山の夜、謎の女について行ってみた。Part5|まごころを、君に

この作品は『釜山の夜、謎の女について行ってみた。ー逆ナンは唐突にー』から始まるシリーズのPart5です。よろしければ始めからどうぞ。


 別室のドアを開け、まず目に入ってくるのは屏風だ。

 屏風には、紺の下地に白の紙が貼ってあり、漢字で何か書かれている。お経のように見えた。

 屏風の前には木の机。その上には先ほど買ったマクワウリが置かれており、さらに燭台らしきものや銀色の箸が3膳、また木製の椀もある。

 その机の正面にはさらに小さい机があり、蝋燭と線香が置かれていた。どちらも火はつけられていない。小さい机の横にはさっき買わされたマッコリがあった。



 私が部屋の物に目を奪われている間にMはどこかにいっており、かわりにTがやってきた。

 Tは箪笥から青色の韓服(チマチョゴリではないので、ここでは韓服と呼ぶ)を取り出した。光沢のある青色で、雲のような模様が入っている。

 私はTに手伝ってもらいながら韓服を着た。脱がなくてはいけないものはダウンジャケットだけだったので、ズボンのポケットに貴重品をいれたままで韓服を着られた。

 人生初の韓服をこのような形で着ることになろうとは想像さえしていなかったが、下手に観光地でレンタルするよりも本物を着られてお得だなと頭の片隅で思った。後から考えると、この時点で既に平時の思考を見失っていたようだ。


 着替え終わるのと同時にMが部屋に入ってきた。Mも韓服に着替えていた。

Mは言った。(実際には翻訳機に打ち込んだ)

これから真心をこめる。

 そう、Mは確かに真心と言ったのだ。韓国では祈ることと真心をこめることが同一視されているのか定かではないが、確かにその二つは似た営みかもしれない。祈るときは真心をこめる。筋の通った話ではないか。

Mは祈りの作法を具体的に解説してくれた。

 私は全部は覚えられなかったが、とりあえず「大丈夫だよ。完璧!」と言っておいた。

作法を解説した後、Mは私に釘を刺した。

儀式中は喋ってはいけない。

 それを言うMの表情はとても真剣で、ただならぬ物があった。私はその言葉を胸に刻んだ。

ここで、私は二つの覚悟を決めていた。

一つは、絶対に生きてホテルまで帰ること。

もう一つは、儀式を完遂すること。

 一つ目の覚悟は当然と言えば当然なのだが、こんなところで私は死ぬわけにはいかないのである。これほどまでに生きたいと思ったのは、生まれて初めてだ。

 二つ目の覚悟に関しては、私に謎の使命感が目覚めてしまい、どうしてもこの儀式を最後まで体験しようと決めた。


MとTの準備が終わったようだ。

いよいよ儀式が始まる…!
3人の間に緊張が走る。


続く

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