【オーストラリア】ハロウィン・ナイトと大自然と淡い思い出
オーストラリアにハロウィンがやって来た。
私は当時、波に流されるようにオーストラリア北部のケアンズに辿り着いていた。
いつものように夜9時半頃に仕事がおわり、帰路に着く。
夜道は蒸し暑く、歩いているだけで汗が出てくる。ケアンズは一年中暑いうえに、ちょうどこの時期から雨季が忍び寄ってくる。
疲れた体を引きずってホステルに戻る。
ホステルにはバックパッカーも多く、世界中から集まった若者たちが共有スペースで酒を飲みながら談笑している。
土曜日の晩は決まってホステルは賑やかになるのだが、今日はいつもより騒がしい。
それもそのはず、今日はハロウィンに一番近い土曜日なのだから。
顔に血のペイントをしたり、頭に角を生やしたり、みんな思い思いに仮装を楽しんでいる。
そのうちの一人に"Good costume!"(いい仮装だね)と声をかける。
すると彼は笑って、「今からビーチでパーティがあるんだけど君も来たい?」などと言ってくる。
夜のビーチでパーティ。面白そうだったので迷うことなくYesと即答する。
***
ホステルからパーティに行くのは12人ほど。2グループにわかれ、ビーチへはウーバー(配車アプリ)で向かう。夜11時ごろに出発。
私のグループにいるのは日本人、ドイツ人のカップル、フランス人など。車内でワイワイ話しているうちにビーチの近くまできたので、車を降りる。
しかしここで問題発生。パーティ会場がどこにあるかを知っている人がうちのグループにいないのだ。
真っ暗なビーチに置き去りにされる我々。
別グループに連絡をとった結果、ここから1Kmほどのところに会場があるらしい。
わざわざウーバーを呼ぶのも面倒なので、会場までビーチ沿いを歩いていくことになった。
我々以外には誰ひとりいないビーチ。聞こえるのは波の音だけ。月の明かりだけを頼りに進む。
思わぬ形で大自然に触れ、興奮が込み上げてくる。
会ったばかりの人たちと、知らない夜道を歩いていて、我々を邪魔するものは何もない。圧倒的な開放感。
大声で叫んでも、笑っても、それを聞くのは海と椰子の木だけだ。
ドイツ人の少年がリュックから何かを取り出す。
それは、段ボール箱に入った20Lくらいの白ワインだった。箱に直接蛇口がついている。コップなんか持っていない我々は、蛇口の下に口を当てて浴びるようにワインを飲んだ。
「やっぱりワインはフランスが一番」
口先ではこう言っているフランス人の彼も、笑顔で満足げである。
***
やっと会場についた。
爆音の音楽、踊り狂う人々、足に触れる砂の感覚。
全てが完璧だ。
我々も早速ミュージックに飛び込む。
みんな裸足で、砂浜からのエネルギーを感じながら踊っている。
そこには理性といったものはなく、原始の本能に身を任せ、何十人もの人が一つの生物のようにうねっている。
私は道中でフランス人の男と仲良くなっていたので、彼と共にライム風味のラムを飲む。
踊る。飲む。踊る。飲む……
時刻は午前3時を過ぎ、疲労と眠気、酔いによって動けなくなった私は砂浜に横臥する。
波の音が心地よく、意識は覚醒と睡眠の間を彷徨っている。
"Hey, are you alright?"
この一声によって覚醒と睡眠の均衡が崩れ、意識が一気に現実に引き戻される。
声をかけて来たのは20歳のオーストラリア人の女の子。
「ドラッグで意識が飛んでるかもしれないと思ったから心配したのよ。」
こちらは酒に酔っているだけだから問題ないと伝えても、彼女は私の隣に座ってくる。そして畳み掛けるように、
「ねえあなたインスタグラムやってる?今度遊びに行く時のために連絡先教えて」
なかなか積極的だ。悪い気はしなかったので私はインスタのアカウントを教えた。
彼女と何気ない会話をする。彼女はホテルで管理職をしているらしい。別の仕事を見つけたいと思っていた私は、そのホテルで働かしてくれないかと冗談めかして尋ねてみる。彼女は笑いながら、後でメールで履歴書送っといてねと答える。
その後は彼女とDJの近くで踊ったり、ビーチで休んだりを繰り返す。
だんだんと夜が明けて、狂乱も終盤に差し掛かる。朝日に照らされた海と砂浜もなかなかいい。
その日はそのままホステルに帰り、後日彼女にメッセージしてみる。そして次の週にカフェに行くという約束を取り付けた。
ハロウィンの夜で非日常を味わっただけでなく、デートと仕事の2つを同時に手に入れるチャンスにも恵まれ、最高の気分だった。
***
楽しみにしていたデートは大失敗だった。
睡眠不足が祟ったのか、ハロウィンの直後に高熱を出し、咳が止まらなくなった。
デートの日には熱は引いたものの、咳は止まらず、まともに会話できる状態ではなかったのだ。
なんとかその日のデートは済ませたが、次回の約束はできず、それっきりだった。
仕事も、彼女が履歴書を上司に渡してくれたが、上司からの連絡はなかった。
まるで一晩の夢であったかのように、私と彼女の繋がりは無くなった。
刹那の希望と快楽。失った機会はもう二度と戻らない。何一つとして波の形が同じでないように。
あの波は、私のためのものではなかったようだ。
思えば、私は生まれた瞬間から、夜の見知らぬ砂浜に放り出され、どこにあるかもわからない目的地に向かって歩いている。月は雲の合間に見え隠れし、波の音だけが聞こえる。
ただひたすらに歩き続けるのだ。
歩き疲れたら砂浜に腰を下ろせばいい。そして辛抱強く待つ。次の波が来るまで。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?