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45歳、もう一度恋をしてみました⑨

「早く着いちゃったから、お店の中で待ってるね」

弓子からのLINEにちょっと急ごうと早足で歩いた。
ポツリと旋毛を叩かれた気がした。
雨、降ってきちゃった。

お店の引き戸を開けると
「いらっしゃいませ」と言うの店員さんの隣に弓子が立っていた。

「雨降ってきたからお店の中で待ってなよって、中に入れてくれたの」

「ごめんね、仕事でトラブっちゃって」

「大丈夫、今来たところだから」

カウンターの奥から加藤くんが弓子と私の顔を交互に見て声をかけた。

「あれ?二人とも知り合い?」

「そうなの、こちら弓子、10年くらい前に同じ会社で働いていたの」

弓子が加藤くんに向かって、はじめまして、と頭を下げた。

加藤くんは一番奥のテーブル席を案内してくれた。
運ばれてきたビールで乾杯した。

「なぎ、実は私、離婚して彼と一緒に住んでいるんだ」

「ちょっと待って、初めて会った話から、まだ1か月しか経ってないし
離婚て、親権とか財産分与とか慰謝料とか色々あるじゃない?
旦那さんもすぐに離婚に応じてくれたってことでしょ?
話の展開についていけてないんだけど、、」

「離婚したいって言ったら、まあ、分かったって。
旦那の親にも何にも言われなかったの。
慰謝料とかの話も無し。旦那が財布握ってたから貯金も無くて
でも、彼はそれでもいいって。
家賃とか生活費は全て出してもらってる。私仕事やめたからね。」

「専業主婦って感じ?働かなくてもいいなんて今時、羨ましいよ。
彼は普通の会社勤めの人なの?」

弓子の口から出て来た大手企業の名前に
まあそれなら大丈夫かと納得した。

「でもさ、ほんとケチなんだよね。お金は持ってるけど。
物を大切にするって言ったら聞こえがいいけどさ
中学生から履いているゴムが伸び切って
紐で閉めないと落ちて来そうなジャージを新居に持ってきたのよ。
それをベランダで干しているとき、もおおおって気持ちになる訳よ。
あと、お小遣いで月3万貰っているんだけど、化粧品とか服とか
美容院とか病院代もそれでやらなきゃいけないから
もっと安い化粧品にしなきゃなって、考えてるところ」

「病院代もお小遣いから出すの?それ、必要経費だと思うけど」

「うん、病院に行かない人だからね、ほら、反ワクチン派ってやつ?」

弓子は笑ったけれど、ほんとにその人でいいの?と心の中で悪態をついた。

「なぎはどうなの?あの彼はどうなった?」

弓子は私の心の中の悪口を聞いたかのような少し意地悪な笑みで聞いた。

「どうもこうも何も無いよ。また音信不通気味なの。
それよりも、最近習い始めたドラム教室の先生が気になっているんだ
来週、先生のライブに行くの。弓子も一緒に行く?」

「うーん、夜は出れないかな。彼がいいって言わないと出かけられないの。
彼の仕事が休みとか家に帰って来た時は、私がいなきゃダメみたい」

「束縛が強すぎない?弓子、ほんとに大丈夫?」

「今はまだ好きって気持ちがあるけど
その好きが落ち着いて来たときだよね、ケチと束縛に耐えられるかどうか
でも、その時はそのときだよね」

「弓子は今、幸せ?」

一番聞きたかったこと。

「幸せって言うしかないよね。
子どもも仕事も全部捨てて来たんだから。
前の生活が良かったなんて、意地でも言いたくない。私は今、幸せだよ」

そんな弓子に、無理するなとか、言えない。

「なぎはどうしたいの?その先生と付き合うのは簡単だと思うよ
でも、その先はどうしたいの?」

どうしたいか、何も考えていなかった。
ただ、一緒に居たら楽しそうだなとか、そんな軽い気持ち。
先のことなんて、分からない。
ただ、弓子のように離婚して再婚するのはとても考えられない。

彼に会いたいからと始めたドラム。
なのに、彼より先生が気になり始めている。
そうしたら、ドラムをやる目的すら分からなくなる。
私は一体何がしたいのだろう。
何をやっても、中途半端だ。。。

「焼き鳥頼まない?あと、チキン南蛮も。鶏肉なら太らないでしょ?
あと、ビールも頼もう」

お待たせー、と運ばれて来た
衣をつけて油で揚げた鶏むね肉にタルタルソースと甘酢だれを
これでもかと載せて、ほんと悪魔的だよねと、笑って二人で頬張った。

「ねえ?私さ、なぎってチキン南蛮みたいだと思うんだよね」

「えっ?何その例え、どういう意味なの?」

「私が言うのも何だけどさ、なぎはヘルシーな鶏むね肉です
食べても太りませんよ、ってその先生に近づいて、
でも、実際は高カロリーのタルタルソースが掛かってるわけでしょ?
胃もたれも起こすし食べ過ぎたら健康を害する
なぎは先生にとって、チキン南蛮みたいな存在になっちゃうよ」

弓子がそれを言える立場なの?喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

「先生にとって、私は悪魔か・・・」

「そうだよ、悪魔、可愛い小悪魔ならまだしも、悪の総大将の大悪魔だよ
大悪魔になりたいの?」

弓子に返す言葉が見つからない。しばしの沈黙。

「どうしたの?暗い顔して?」

加藤くんの声に顔を上げた。

「気になる人がいるって話したでしょ?その人のこと話していたの」

「なぎさん、まだ何もない今なら引き返せるよ。
不倫離婚の慰謝料の相場って200万なんだって。
なぎさんてさ、自分のこと200万の価値がある魅力的な女って思ってる?
無いから、あの彼にも要らないって言われたんだよ。
なぎさんと付き合うのは始めから不良債権を抱えること。
世の中の人、みんな大人だよ。
不良債権を喜んで買う人いないでしょ?」

加藤くんだって、先生に抱き付いちゃえば?なんて唆してたくせに・・・
でも、そうだよね
私みたいな既婚者と付き合うメリットなんてどこにもない。
先生だって、結婚したいと思っていたら
既婚者を相手にしている時間すら勿体ない。
それこそ、私は時間泥棒になってしまう。

二人に「そうだよね・・・」と力なく答えて
一番カロリーが高そうなチキン南蛮の端を口に放り込んだ。






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