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距離感は身近な人ほど難しい

今は大学の合否発表はネットで分かる時代だけど
20数年前は合格発表は郵便で結果が送られて来た。

薄い封筒なら不合格。
A4サイズの分厚い封筒なら合格。
分厚いのは学校のパンフレットや授業料の振り込み用紙はもちろん
学籍登録書とか賃貸物件の紹介とか色々入っているから。

もう、中身を見なくても分かるよね。

郵便配達員さんが「書留です、印鑑をお願いします」と
封筒を出した瞬間に合格した!と分かった。

仕事から帰って来たお父さんに合格を伝えると
天井を見上げて「おおー!」と言って喜んでくれた。
よくやったな、とか、おめでとう、とかそんな言葉は言わなかったけれど
とても喜んでくれたのが伝わった。

だけど、、
お母さんに合格を伝えるとおめでとうの言葉でもなく
はぁっー、と大きなため息をつかれた。

決して裕福ではないのに、お金のかかる私立大学だなんて・・・
言葉にこそ出さなかったけれど、そう言っているように感じた。

お母さんは、私が頑張っても認めてくれたことはない。
それは、就職の内定が出たことを伝えたときも同じだった。

おめでとう、の言葉よりも先に
「そこ、小さいところなんでしょう?」だった。

大学を出れば
誰もが知っている大企業に就職できると考えていたのだろうか?

大学へは奨学金を貰って進学したから就職浪人したら返済できない。
就職難の中で確実に就職できる企業を探していたから
希望する企業よりランクを落として就活を行った。
その結果、地方の中小企業に決まったことに落胆したのだ。


それから以前、働いていた会社は
雇用形態こそパートアルバイトだったけれど仕事はデザイン兼企画営業。
そりゃネットショップを丸ごと預かる訳だから、売上ノルマもある。
やっていることは社員とほぼ変わらない。
でも、やりがいもあった。
先月の売上を更新し続ければ、社長賞として金一封が貰えるから!

そのことをお母さんに伝えたら、よかったじゃん、ととても喜んでくれた。
仕事ぶりは認めてくれたのだと、素直に嬉しかった。
だけど、何かの折に話したときには
あなたは正社員で働いたことがないから何にも分からないんだよ、と
褒めてくれたのは嘘のように否定された。

私は大人になった今もお母さんに認められていないのか・・・
でも、仕方ないな、お母さんの望む通りには生きていないのだから・・・

私とお母さんは見た目がそっくり。
お母さんの若い頃の写真なんて
これ、私?と自分でも驚いたくらい似ている。

この人嫌だな、イライラすると感じる人は
自分と似ているか、もしくは正反対。
自分と似た人を嫌う感情は近親憎悪と呼ぶらしい。

お母さんは自分とそっくりな私に
自分が否定したい自分自身の嫌な面が透けて見えていたのかもしれない。

私はおばあちゃん子だったから
それも私を好きになれない理由のひとつだったのかな。

おばあちゃんが亡くなり、お父さんが亡くなり
家族が変化することで、どうしてもお母さんとの距離が近くなった。

お母さんと一緒にいると、正直しんどい。
だけど好きな部分もあるし
毒親だと切り捨てるほどではなく、親不孝だと感じるところもある。
結果、お母さんとの距離感の取り方に悩んでいる。

夫、娘、義両親、友だちとの距離感の取り方よりも
圧倒的に難しいのが実母だったなんて・・・

帰省しない、連絡もあまり取らないのを親不孝と言わないで。
今はちょっとだけ時間が必要なんだ・・・

古い荷物を整理しようと開けた段ボール箱に
合格通知と一緒に入っていた大学のパンフレットを発見した。
昔のことを思い出すと今でもチクリと胸が痛む。
だから、段ボールごと処分しようと、ガムテープでしかっりと封をした。














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