マガジンのカバー画像

しびろい日々 綴じ帳

20
挑み果てた者供を拾う日々の営み(あるいは、アラフォーを自覚した誕生日、なんか書きたくなって始めたやつ)1章・公開分の綴じ合わせ
運営しているクリエイター

2023年4月の記事一覧

しびろい日々(9)

しびろい日々(9)

 両開きの重たげな大扉から伸びた影は長く、モグリはその内へ歩み入る。
 扉の押し手のそれぞれに手を掛けて力を込め、ふと、傍らに立つ子の背丈の気配に気付いた。それは木片を糸繋ぎした人形で、深くお辞儀をするような姿勢に傾いでいる。これは看板代わりであり、つまりは『休止中』の合図であった。
 モグリは数秒、扉を押す動作のまま停止する。
 やがて頭上を見上げた。昼下がりである。
 次いで石壁に空いた四角窓

もっとみる
しびろい日々(8)

しびろい日々(8)

 回廊の床にうずくまるのはモグリである。慎重な手つきで、握った石片の切っ先を、崩れた文様をなぞるように擦っていく。
 石片から剥がれ落ちた欠片は脆く崩れ、薄明かりの下で鈍く光っている。燐光粉を固めた石片は軽くとも、強く床を押してしまえば感圧機構を作動させ、串刺しの遺体がもう一つ増えてしまう。
 緊張に手を震わせるモグリの頭からは、そもそも、文様を捨て置いて帰るという選択肢は抜け落ちていた。
 生来

もっとみる
しびろい日々(7)

しびろい日々(7)

 遺体が増えれば死拾いが儲かる。という誤解がある。
 例えば……一歩進むごとに致死の罠が牙を剥き、一撃が致命傷になりうる爪牙を振るう魔物が護る、最難関の試練の洞……などというものがあったとしよう。屍は高く積み上がり、死拾いが常々行き交い、陰鬱な光景に身も心も曇るような場所だ。
 間違いなく廃れるだろう。季節一つ移ろうより尚早く、である。
 この世界には数々の秘宝が眠る。膨大な量だ。よりどりみどり、

もっとみる
しびろい日々(6)

しびろい日々(6)

 背負子の側面から太く編んだ綱を引き出し、棺の蓋に当てる。紐の先には吸盤のような器具が結わえられており、棺の蓋にぴったりと吸い付き金具の役割を果たしてくれる。たわませた綱を背後に、身体全体を“てこ”のように使って棺を引き摺る動作を何度か試し、支障なく運べるかを確認。一連の作業を終え、あとは入口へ帰還するのみである。
「ふうううむ」
 の、だが。気掛かりが多分に含まれた唸り声を発していかたと思えば、

もっとみる
しびろい日々(5)

しびろい日々(5)

 モグリは、ただのモグリであり、なんとかの郷のナンタラ、とか、どこそこ湖畔のカンタラ、といった来歴の名を持たず、周りが勝手に“壺頭の”だの“迷宮暮らしの”だのと茶化そうが気にも留めない。とはいえ決して孤独ではなく、しかし連れ立つこともせず、森の樵や川の漁師が日々の生業を営むように、独り、この仕事を続けている。
 ひとたび目にすれば忘れようもない仕事着の姿は文字通り奇々怪々といった態だが、ところがど

もっとみる
しびろい日々(4)

しびろい日々(4)

 少しだけ、歴史の話をしておこう。
 はるか昔、偉大な国が滅んだ。
 一度ではなく、何度も滅んだ。
 人知の及ばぬ魔法や、奇々怪々な工学、あるいは異能を操る人々が、各々の栄華を誇り、時と共に散っていった。
 残されたのは、彼らの繁栄の残り香である、膨大な量の超常の逸品。それが世界中に散逸し、再発見される過程で、新たなる偉大な国を創生した。この地下回廊が建造されたのは、その時代の末期、滅びの直前の頃

もっとみる
しびろい日々(3)

しびろい日々(3)

 帳面に描かれた人相書きと骸の顔とを並べるうに視界に収め、壺兜の怪人物は、突如、停止した。
 音を発するものが消え、回廊に静寂が満ちる。かすかに、人の耳ならば自らの心音が勝るような繊細さで、金属質の擦過音が届き、それもまた消えた。
「やるかい」
 壺兜の内側より、乾き掠れた青年の声音が呟いた。おもむろに帳面が畳まれ、空気の弾ける小気味良い音が回廊を渡る。反響音を背に、てきぱきと手際の良い動きで背中

もっとみる
しびろい日々(2)

しびろい日々(2)

 異装である。頭を覆う銅色の兜は、壺を逆さに被ったかのような球体で、目鼻のある位置が円状に抉り抜かれ、嵌め殺しの窓にも似てガラス板が接合されている。胴体は更に奇怪で、錆鉄色に燻ぶらせた板金鎧が部位毎に裁断されたような金属片が、麻布らしき質感の下衣の表面に張り付けられている。兜と鎧の間、手の先までもひと繋ぎの布で覆われ、肌を晒した部分は微塵も見当たらない。ゆったりと膨らんだ布のシルエットは岩窟人を思

もっとみる
しびろい日々(1)

しびろい日々(1)

 黴苔の降る滑石の回廊に、遺体と剣が事切れている。
 闇深いようで仄かに明るい、尋常ならざる光がそれらを照らす。地下遺構迷宮に満ちる、冷たく湿気た墓所の風は、遥か昔、この難攻な回廊を設えた某かの魔法の使い手が命と共に遺構の扉を封じ、それが再び日の目を見るまでの間、脈々と蓄え続けた死相の臭いであり……宝と名誉の匂いでもあるそれに引き寄せられた有象無象の冒険者が、死の香りをいや増して行くのだ。
 そし

もっとみる