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しびろい日々(8)

 回廊の床にうずくまるのはモグリである。慎重な手つきで、握った石片の切っ先を、崩れた文様をなぞるように擦っていく。
 石片から剥がれ落ちた欠片は脆く崩れ、薄明かりの下で鈍く光っている。燐光粉を固めた石片は軽くとも、強く床を押してしまえば感圧機構を作動させ、串刺しの遺体がもう一つ増えてしまう。
 緊張に手を震わせるモグリの頭からは、そもそも、文様を捨て置いて帰るという選択肢は抜け落ちていた。
 生来のお節介者なのである。
 注意を促す文様印が再び描かれ、薄明かりに映える。石片を小切れ布に包み直し、モグリはのっそりと立ち上がった。置きっぱなしの背負子を背負い直し、棺に繋がる綱を背に、ぐっ、と踏み出す。
 横目で、今しがた描いた注意喚起の印が機能していることを確認しつつ、その脇を進む。棺を引き摺る、ずっ、ずっ、っという規則正しい音が、足を踏み出す事に聞こえる。
 行く先は回廊の入口。帰還である。

◆◆◆

 回廊から外に出た頃、陽の輝きは、頂点よりも随分と傾いていた。
 昼食時には間に合わないが、商店の店じまいには早い、そんな頃合いである。
 モグリが進む道に人の気配は無い。露店の名残りであろう土台の杭跡が点々と続き、誰かしらが忘れたものか、蔓編みのバスケットが突風に転がり視界を横切った。売れ残りの果実の捨てられたのが木箱ごと据え置かれ、たかる羽虫が甲高い音を立てている。
 寂れた集落である。これからもっと侘しくなるだろう。モグリにとっては何度も見慣れた光景である。
 そもそも。元々、ここは村落でもなんでもない野っ原なのだ。試練へ至る入り口の発見と供に、甘香に誘われた虫のように湧いて出た挑戦者たちの、衣食住、加えて娯楽を賄うために現れた、陽炎のごとき集落である。
 試練という名の鉱脈は、そろそろ底が見えている。モグリがここで仕事を果たす日々も、もう長くはないだろう。
 うしろに棺を引き摺りながら、集落の中心部へ向かう。ここはまだ撤収されていない建物も多く、風景にも生気があるが、棺を運ぶモグリの方へ、あえて視線を向ける者は皆無である。モグリもまた周囲に気兼ねもせず、図々しく往来のど真ん中を突っ切って、棺を納める場所へと向かっている。
 やがて、他の仮家建ての施設とは趣の違う、石壁造りの大屋敷が見えてくる。
 一見して葬儀式場にも見えるが、実態は逆だ。
 力尽きた挑戦者たちは、ここから還って来る。


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