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しびろい日々(6)

 背負子の側面から太く編んだ綱を引き出し、棺の蓋に当てる。紐の先には吸盤のような器具が結わえられており、棺の蓋にぴったりと吸い付き金具の役割を果たしてくれる。たわませた綱を背後に、身体全体を“てこ”のように使って棺を引き摺る動作を何度か試し、支障なく運べるかを確認。一連の作業を終え、あとは入口へ帰還するのみである。
「ふうううむ」
 の、だが。気掛かりが多分に含まれた唸り声を発していかたと思えば、おもむろに背負子ごと諸々の器具を降ろし、身軽な態で床や天井に目を走らせ始めた。
 遺体がもともと横たわっていた場所から数歩分、入り口側に近い床面にすり足で近寄ると、屈んで、探し物をするように指を滑らせる。積もった塵埃に紛れ、きらり、と何かの粉が光った。さらに辿って行けば、同じ煌めきを発する紋章模様が、削ぎ壊された姿で床に残る。モグリはその文様の中央に手を触れかけ、何かに弾かれたように肩を跳ねてのけぞると、しきりに回廊の天井に目を凝らすようなしぐさをみせながら、文様を軸に弧を描くように立ち位置を変える。
 不意に、モグリの拳が文様を打った。
 爆音が、回廊のあらゆる音を弾き飛ばす。
 意識の追いつけぬほど速い動作で、それは射出されている。
 モグリの頭上。腕ほどもある太い鉄杭が三本、斜めに突き出し床を穿っていた。
 鉄杭の鋭い切っ先には、生々しい血と肉片の名残がある。モグリは視界の景色と、脳裏の想像を重ねる。
 剣を帯びた革鎧の戦士が、回廊を徘徊する魔性のものを追い払おうと踏み出す。足元に仕込まれた機構が圧を感知し、連動して作動した杭刺し罠が、避けられぬ背後から強襲する。即死であったろう。杭が引き戻され、支えるものを失った遺体が床へ、もはや握れぬ剣も供に。恐らく、杭刺し罠内部の某かの仕掛けが血汚れを清浄するにはしばしの時間がかかる、が、それよりも早く、モグリが遺体へとたどり着いた。
 再びの爆音が、モグリの思案を中断させた。出て来た時と同じ速度で杭が引き込まれ、天井に隠蔽される。床に穿たれた窪みも、時間をかけて、回廊に備わる修復機構が元の姿へと直してゆくだろう。
「ふううむ」
 短く重い溜息を壺兜の内側に反射させ、モグリは床の文様のちらつく様、崩れた有り様を見下ろす。
 これを描いたのは、外ならぬモグリ自身である。


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