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しびろい日々(9)

 両開きの重たげな大扉から伸びた影は長く、モグリはその内へ歩み入る。
 扉の押し手のそれぞれに手を掛けて力を込め、ふと、傍らに立つ子の背丈の気配に気付いた。それは木片を糸繋ぎした人形で、深くお辞儀をするような姿勢に傾いでいる。これは看板代わりであり、つまりは『休止中』の合図であった。
 モグリは数秒、扉を押す動作のまま停止する。
 やがて頭上を見上げた。昼下がりである。
 次いで石壁に空いた四角窓を見る。中の明かりが漏れていた。
 最後に数秒、虚空を仰ぐ。壺兜の奥から、うん、と低いトーンの呟きがこぼれた。
 扉から離した手で人形の頭部を掴み、引き上げる。糸仕掛けで動作を組み替えながら起き上がった人形は、恭しく胸に手を添え、来訪者を歓迎してくれる。
 満足したのか二度、三度と小さく頷くと、モグリは今度こそ、重い扉を押し開けた。

 静謐な場である。床に敷かれた石畳は滑らかに磨かれ、天井の梁に吊るされた水晶灯の明かりを反射している。
 広大な空間のどこかで、臭い消しの香草の葉が燻され弾ぜる音がする。開けた空間でも迷いなく、モグリは棺を牽いていく。頭上で揺れる水晶灯の列は、そのまま進行順序を示していた。
 背丈のある頑丈な棚が連なる様は雑貨商の倉庫を思わせるが、ここに納められるのは品物ではなく、いまモグリが引いている棺の中身と同様の者たちだ。
 棚の列の中ほどに、四角く区切られた、木製壁の仕切り部屋がある。部屋の一辺はちょうど商店の販売カウンターに似せた造りに切り取られ、突き出した板台には、品物の代わりに記帳台と筆記具が備えてある。
 今はそれに加えて、繊細なレースで編まれた絹の薄布と、目にも鮮やかな刺繍入りの織布の二層に梱包された、板台をまたぐように置かれた細長く柔らかい何か……恐らく、夜着のままの施設管理者が夜通しの事務仕事に精魂尽き果て干からびた姿……のようなものが引っ掛かり、ときおり、声ならぬうめき声のようなものを発している。
 モグリはひとまず何も見てはいないことにした。
 記帳台に束ねてあった用紙を一枚引き出し、墨色のインクで罫線を引く。線で区切った項目ごとに、今回の道行きで回収した遺体の名と来歴、回収時の状況と所持品。止むを得ず放置していった物品があればその内訳と、帰還中の緊急事に際して“借りた”ものがあれば加えて記載する。一連の文章がモグリ本人の筆致であるという印のサインを用紙の端に記し、まずは一人分の納棺証明の仕上がりである。これを残り三人ぶん。鎧を纏ったまま、手慣れた手つきで筆を走らせた。 

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