アンネ・フランクの写真
ここに一冊の本がある。
ここに一枚の写真がある。
『アンネの日記』のアンネ・フランクの写真である。
屈託のない表情でアンネは何を見て笑っているのだろう。
少なくとも、これはアフテルホイス(アムステルダムの隠れ家)に隠れる前の「幸せ」だった時代の写真に違いない。
アフテルホイスやベルゲンベルゼン強制収容所でのアンネの写真が残っているなら、そのアンネの苦難ももっと伝えることができる。
しかし、この「幸せの笑顔」の写真をホロコーストの読ませたい「物語」の表紙に使うことの「残酷さ」こそが、アフテルホイスや強制収容所の恐ろしさをすでに忍ばせている。
この写真の背後にホロコーストがあることを私は知っている。
だから、「幸せの笑顔」がたまらなく怖く感じる。
この「幸せの笑顔」の次に来る運命を知っているからだ。
だから、この写真が使われること、この一枚だけでアンネの日記となってしまう力。
それは歴史を知る者の残酷さである。
私の歴史を見る目の残酷さである。
この本を見せる人の残酷さである。
この残酷さに私たちは無関心でいられようか……
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