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誰しも治療中止するときがくる~そのとき医療者は~

昨今、医療技術の進歩もあり、さまざまな治療方法があります。それでも治療の甲斐なく治療中止せざるを得ないときが訪れます。このような治療中止の話をするときは、患者さんや家族にとって非常につらいものです。もちろん、医療者にとってもつらい話になります。

治療中止は医療者の敗北!?

医療者には(本人が認識しているか否かに関わらず)「病気が治療できない=敗北である」と捉える傾向があります。ときには、無力感に苛まれることもあります。

がん患者さんの治療をしながら、抗癌剤が効かなくなった時には、この「治療中止の話」をしなければなりません。治療中止の話をするタイミングがどんなに適切だとしても、その話をすること自体「あなたは亡くなります」と言っているのと同じなのです。

患者さんは、
「どうして治療が効かないの?」
「違う方法があったんじゃないの?」
「違う病院を選べばよかったんじゃないの?」
「どうして私がこうなってしまうの?何か悪いことしたから?」
など、治療や自分への無力さを痛感します。

目の前の患者さんが、自ら話した内容によって落ち込んだり、泣いたり、怒ったりする様子を見る医療者にとって、治療中止の話し合いは、病名告知よりもさらに難しいと感じる話し合いなのです。その難しさを痛感しているが故に、(本来すべき大切な話は行わず)単なる治療の選択肢を選ぶための会話をしてしまう傾向があります。

例えば、心肺蘇生をするのか、人工呼吸器をつけるのかなどの、‘今’の患者さんの状態にそぐわない医療内容を話し始めてしまうのです。悪いことに、「蘇生行為をするかしないか」と選択を迫ったり、「人工呼吸器をつけることはしない方がいい」言ったりして、患者さんの気持ちはそっちのけで話を進めてしまいます。

医療者は患者さんの価値観を知りたい

医療者は、患者さんにできるだけ悲しい思いをしてほしくないので治療に一生懸命です。そして、治療困難な状態になったときは、真実を伝え、大切な時間をどのように過ごすかを一緒に考えたいのです。
そのために、患者さんにとって

「一番大切なものが何か?」
「諦めようとしていることは何か?」

を知りたいと思っています。この過程が、患者さんや家族がつらい思いや悲しい思いをできるだけ最小限にとどめることができると知っているからです。

では、実際にどのようにしているのでしょうか?

1.心の準備状態を確認

病気の状況を理解した患者さんは、とても落ち込んでいて、次の話は頭に入りません。正常に考えることはできません。医療者は、治療中止の話をしたいと思っていても、患者さんの心の状態によっては、時間を置く必要があります。ただ、時間の猶予が無いときがあります。その時は、

「おつらいと思います。このように病状が進んだときにどのようにしたいか、考えたことはありますか?」

と尋ねます。問いかけをするだけでも話を進めるきっかけになるからです。

考えたことがある患者さんであれば、ぽつぽつと語り始めます。しかし、患者さんによっては「考えたことはない」とだけ言われることもあります。

「心の中に浮かんだこと、気になったことなど1つでもいいので教えていただいてもいいですか?」

と声掛けしながら、患者さんが最も気になっていることを拾い上げます。最愛の妻、これから生まれてくる孫、孫の大学入学など遺していく家族のことを語られるかもしれません。その他にも、やり遂げたい仕事のこと、お金の心配など、医療者がこれまで知り得なかった大事にしていたことを教えてくれるかもしれません。この’大切なこと’が価値観につながります。

2.価値観・人生観を探る4つの質問

「あなたにとっての楽しみは何ですか?」
「あなたにとっての生きがいは何ですか?」
「今、気になっていること、気がかりなことは何ですか?」
「こんな状態だったら生きる意味がない、死んだ方がましであるという状態はどんな状態でしょうか?」

コロンビア大学緩和医療科 中川俊一先生

最初の2つの質問は、楽しみ生きがいはポジティブな質問。
次の2つの質問は、気がかり生きる意味ないという質問はネガティブな質問。人間の快・不快には幅があり、その幅がどれくらいあるのかを知ることができます。大事な質問はネガティブな質問で、どこまで許容できるか、が分かります。

緩和医療領域では、

“Hope for the best, and prepare for the worst”

という言葉があります。
最善を願いつつ最悪に備えるという意味です。

「このまま良い状態であることを祈っています。もしもの時のことも考えていた方がいいと思うのですがいかがですか?」

と尋ねます。この質問が「最善を願いつつ最悪に備える」という意味を含んでいます。忘れてはならないのは、必ず患者さんに尋ねた上で先に話を進めることです。話の主導権は患者さんにあり、主導権があることで患者さんの精神的な負荷が軽減することになります。

価値観を反映したプランを提案する

患者さんの価値観を十分に知ることができました。その後、価値観を最大限に満たすような医療内容を提案します。医療者は「私だったらこうします」という話をしないように注意しています。あくまでも、患者さんの価値観を踏まえたプランを伝えていきます。プランを提示することは、医療者の専門性が問われるところなのです。

最後に

患者さんの価値観を知ることは、治療中止の話のときだけ行うものではありません。糖尿病、心不全、肺気腫など慢性疾患の治療のために外来通院しているなかでも行うことができます。残念ながら、どんな医療機関も‘忙しい’ので価値観を共有することができないのが現実です。患者さんの価値観を知る機会を持たない、苦手とする医療者がいるのは事実です。患者さんの価値観を知ることは、治療、看護、ケアなどの提供には必須な情報です。医療者全員が気兼ねなく尋ねることができる医療現場が patient centered careを実践しているかもしれませんね。

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