『旧岩淵水門』吉田修一ー読書メモ#16

『旧岩淵水門』吉田修一 新潮2024年6月号
純文学度:65
キャラ:2
テーマ:4
コンセプト:5
展開:3
文体:1

いつものランニングコースに水死体を見つけたけれど、結局通報もせずいつも通りのコースを走って帰ったという話。
こうして小説内で起きた出来事だけ話すと、こうも味気のない文章になるのか。
実際、読んだ感覚だと、短編特有の切れ味の鋭さというか、「おぉ...」って思わず声が出るような、素敵な読後感だった。

この小説のテーマは、「普通の呪い」というか「普通がもたらす引力の強さ」みたいなものだと思われる。
つまり、水死体の発見という異常は、毎日のランニングという通常の出来事に対抗できない。
それほど、私たちは通常や普通を「無意識的」に望んでいるという事実がある。
ここで「無意識的」という言葉を使ったのは、この小説の主人公が、単純に常日頃から普通を望んでいる訳ではなく、少なくとも人並みには日常だとか安定を破壊したいという衝動を持っているから。
たとえば、甲子園で大活躍し将来プロ入りがほぼ確定しているクラスメートの腕が切断される姿を妄想するとか、台風で大荒れの川沿いに出てみて、あそこに行けば何か変わるのではないかと期待してみたりとか。
こういう、なんとはなしの日常や安定に対する破壊衝動は持っているものの、実際に日常が破壊される可能性に曝されてしまったら、一瞬の迷いもなく日常を選ぶっていう。
そうして結局自分は、いわゆる普通の人生を送るんだろうな、という事実に強制的に気付かされる心地良さと辛さみたいなね。

いやー、ほんと短編小説のお手本のような見事な構成。
なかなか寝付けなくて、ちょろっと読んでみようって気持ちで読んだら、余計寝れなくなってしまった。
あ、後このテーマを書くにいたって旧岩淵水門というモチーフを使ったことに対しても考えたかったんだけど、それは今後の課題としよう。
今日は満足感がめちゃくちゃ高いのでこのまま寝ようと思います。

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