『転の声』尾崎世界観ー読書メモ#12

『転の声』尾崎世界観 文學界2024年6月号
純文学度:50
キャラ:2
テーマ:5
コンセプト:3
展開:4
文体:1

転売をモチーフにした、思考実験的小説。
科学ではないから、SFではないんだけど、なんとなくそれに近い楽しさがあった。
転売っていう社会問題(?)を扱ってるから、ソーシャルフィクションという意味でSFと言えるかもしれない。
SFっぽい設定として、この小説では2024年現在より、転売ヤーが世間に受容されている社会が舞台となっています。
この社会においては、転売してライブのチケットの値が上がることが、ステータスにすらなり得ます。
実際、主人公である音楽グループのリーダーは、自分たちの公演チケットが高値で転売され「プレミア」が付くことに囚われています。
この小説のおもしろい所は、転売によって商品にプレミアが付く、という現象を過剰化して描写しているところです。
似顔絵を書く時に、顔の特徴をあえて大袈裟に書くことでおもしろくする技法がありますが、それと同じです。
どの辺が過剰になっているかというと、まずこの世界には転売のカリスマ(その名もエセケン)がいます。
転売ヤーがカリスマになり得る世界というわけですね。
で、このエセケンが色々やるんですが、やってることは、少し前の情報商材を扱ったアフィリエイターと同じです。
本当は価値のないものに、あたかも価値があるように見せかけて売る、っていう。
このように、歴史的に存在が確認されている事象を、別の道具を使って再構築するという手法は、設定にリアリティが出ていいですね。
最終的には、人気アーティストのチケットそのものに価値があるから、ライブそのものはやらなくていい、チケットだけ買ってライブに行かないのが本当のあるべき姿だ、というトンデモ理論が展開されます。
それに対して、ネット論客が、ライブに行こうっていうハッシュタグをわざわざ作ってそれがSNSで拡散されるとか。
読者目線だと、「いやいや、そうはならんだろw」ってめちゃめちゃ笑えるのですが、これ、現実に起こると、結構皆騙されると思うんですよね。
バブルとかも、実際こんな感じだったろうし。
長良は、このカオス状態のまま最後まで突っ走ってギャグっぽく終わるのも良いかと思ったのですが、なんやかんや良い感じに終わってるので、読後感は悪くないです。

後、主人公が転売によるプレミアで手軽に自分の価値を高めようとするのが、ソシャゲのガチャで金さえ積めば強くなれて自分の価値を高められるから人気、っていう構図に似てるとも思いました。
思いつきメモです。
資本主義社会において、コスパ良く価値の高いものを作りあげるのは大事ですが、人生において何か1つぐらいは、資本主義の論理から外れた価値あるものを持っておきたいですよね。
そのための鍵となるのが、長良は「推し」だと思うのですが、そう考えるとこの小説のラストは示唆的ですね。

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