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休日は友人と遊ぶ日だったらしい

さて、日曜日です。世間一般においては休日ですね。

神も世界を作って唯一安息日にしたそうな。

そもそも神のスケールで世界を作って1日、それも24時間しか休まなかったのにどうして人間ごときがたった1日の休みで満足できると思ったのか。

もし仮に人間投書箱があれば平和云々よりも本当は世界作りは休み休みやってたし週に3回は休みがあったと訂正するよう求める声が多く神のもとに届くことでしょう。

そんな休日、どうやら休日は友人や知り合いと出かける日だっただしい。

ここ数週間の日曜日は優雅に適当に目覚めてからゴルフに行き、そのままゆっくりとするのがそのままになっていた。家を出るとすればそれは映画を観に行くとか近所のスーパーに行くとかそんな感じだった。

それはそれで悪くない。むしろいい休みだ。もっとも、完全にその休日が引退した老人のそれでしかなかったのはそうなのだけど。

そんな最近、彼女にこんなことを言われた。

「休みの日に遊びにいく友達いないの?」と。

「いっ、いるし!!」みたいなことを言いたかったけど、よく考えたらここ数週間休日に人と出かけたのは彼女くらいだったし、別に自分もそこまで人と出かけたいとは思わなかった。

実際に今日は家の仕事の場に参加させられているし、もちろんそこに友達はいない。

言われてみればインスタを開くと土日は誰かしらが色々なところに遊びに行っているし、最近流行りの場所は大概知ることができる。

ではそこに自分は行くのだろうか?行けばいいのだろうか?

最近の財布の内訳はご飯と酒と本と映画くらいだろうか。ここ数日ご飯を食べたり酒を飲むことで自分の機嫌をとっている。むしろ他人を傷つけることが全く無い趣味をしているので悪くない趣味ではなかろうか。

実際にその支出が友人らと遊びに行くことに釣り合っているのか。そんなことを考えるから休日に遊びに行く友人がいないのだろう。面倒で難儀な性格がこんなところに出てきやがった。

これを「自分が一緒に行くに値するのか?」みたいにふざけて失礼なことを公言するつもりはないし、別にそんなに人との付き合いを減らさないといけないくらい財布が寂しい生活をしているわけでもない。

呼ばれたら行くし、誰かと出かけたいなら自分から話して誘うだろう。

でも、もしかすると自分は端から見れば友達のいない休日は1人で過ごしている自分は哀れで寂しそうなのかもしれない。

強がりでもなんでもなく、別に全然寂しくないし、むしろ最近は充実している気すらしている。

ソロ充といえば響きはいいし、孤食が流行っているのだからむしろ褒められるべきなのかも。

昨日は酒を買い、今日は仕事。明日はバイトで明後日もバイト、それから明後日もバイト。木曜日は確か空いていて、金曜日も空いていた気がする。

それなりに充実しているし、別にそれが苦しいわけでもない。

それでも確かに友達と出かけていないことは自分でも考えものなのかもしれない。ちょっと考えよう。

そんなわけで今は会社の集まりの最中に打ち込んでいるのでこの辺で今日の記事は終わっておきましょうか。

ではまた明日。

懇親会に行ってきます。

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