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宗教で殺し合いをしてきた

歴史は残酷だ。いつの時代も「正義」が「悪」を倒してきた。
そして、立場によってはドラマは180度変わってしまう。

正義と悪のバイアス

大化の改新の始まり。

中大兄皇子と中臣鎌足が、蘇我氏を倒したのが「乙巳(いっし)の変。」

子どもに話しながら思ったけど、歴史の話ってけっこう残酷だ。
力のあるものが弱い者を征したり、考え方が合わない相手を殺したりすると言う話が平気でされる。

蘇我入鹿を殺し、追い詰められた蘇我蝦夷は火を放って自害したなんて、リアルに考えたらけっこう恐ろしいことである。

しかもここで、歴史を学ぶ我々は、既にあるバイアスがかかっていることに気付く。

聖徳太子が絶対正義という前提で擦り込まれるので、当然、その考えを引き継いだ中大兄皇子も正義だと見立ててしまう。一方、我が物顔で好き放題に国を牛耳ろうとしていた・・というイメージの蘇我氏はどうしても悪に見えてしまう。

つまり、蘇我氏を倒した乙巳の変は、ハッピーエンドの話になっていないだろうか。立場変わればそうじゃない見方もある。

歴史の中の宗教

職業柄、個人的には仏教の肩を持ちたい僕としては、さらに物部氏の存在がある。蘇我蝦夷の父である馬子の時代には、聖徳太子と一緒に仏教を国に広めたいと思っていたはずである。

それに反対だった物部氏を倒した蘇我馬子が正義かというと、それもまた偏った見方かもしれない。現代でも神道の人から見れば、馬子が憎き存在に見えてもおかしくない。

仏教サイドからみれば馬子から蝦夷、入鹿の時代になると蘇我氏は悪に転じたようにも見えてしまう。

中臣鎌足までは、教科書に必ず出てくる。

鎌足の子、不比等は崇仏して天皇サイドの味方に付いるようだが、不比等の兄、真人の子である中臣鎌子(ややこしすぎるww)は仏教に強く反発して物部氏と組んでいる。

僕はそれほど詳しく調べきれないが、その方面の研究をしている人も、きっといるだろう。

日本から仏教を排除して、神道を体系化した方が良い国になると考えて人たちだっているはずだ。

少なくても、「日本人は宗教でケンカしない」なんて、平和ボケなことを言ってはいけない。我々日本人には、宗教で殺し合いをしてきた歴史がある。

* * *

この時代の黒歴史といえば・・壬申の乱。

壬申の乱は、とても大きな戦だったというけど、一時期教科書から消えたこともあるらしい。

そうだよねぇ。これはまずい。
なんせ、皇室の身内で兵隊集めて殺し合いをしたのだから。

次は、この辺のことをちょっと書いてみよう。

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