等身大花弁の心❶
お久しぶりです、長嶺涼花です。
創作に創作を重ね、気づけば書きかけの作品が何個も手元に溜まっていました。
そしてどれもが長い!!!!!
今回投稿する『等身大花弁の心』も、実はまだ完結するわけではないのですが…。
ちょうどいい所まで書けたので投稿します。
誰もが心に「大切」があって、誰もが人と違う何かを抱えている。
それでも人は優しいはず。同じでなくとも分け合える、と私は思います。
誰かを肯定する優しさを、何歳になっても持てますように。
仄かに金木犀が香り始めた頃、俺は道端の小さな石に躓いた。
転けてもない、怪我もなかった、誰かに見られて恥をかいた訳でもない。
結果何も無かったのだが、俺はそれ以降道をよく見て歩くようになった。
またあの小さな石がないか、注意深く見るようになった。
その注意深さがくれたのは、俺の安全だけじゃなかった。
君の落とした欠片に出会う、そんな些細だけどとても大事なことをくれたんだ。
Ep.1 人の心の詰まった落とし物
「...あ、また小銭落ちてら」
こんな時小さい頃からよく聞いたのは、『拾っちゃえよ誰も見てないんだし』と囁く悪魔と『駄目だよ、ちゃんと交番に届けなきゃ』と窘める天使。
に、頭の中で翻弄される本人。的な話。
だけど実際の答えは多分、「この上とかに避けとくか」ぐらいの中間的な回答が殆どじゃないだろうか。
拾うでもなく、ましてや小銭程度で交番に届けるのもなんか小っ恥ずかしい。
そんな時浮かぶ丁度いい答えが、
『これ以上他の人に踏まれないように端に避ける。』
人間は意外と白と黒を選ばない。
「...?」
でも時に、目の前に選択肢が現れる。
今から貴方は白か黒しか選べませんよ、って急に答えを迫られる。
今の俺の場合、どう見ても今端に避けた小銭を探してるんだろうなって人が現れたら…どうしようか。
「絶対この辺に落としたのになぁ」
「(え、あの小銭のこと?)」
「どうしよう、本当に大事なのに...」
「(10円がですか?何ならちょっと錆びてましたが?)」
「やっぱり、もう無くなっちゃったのかな」
「...ぇっ」
急にヘナヘナと膝から崩れ落ちて、顔を両手で覆う白いワンピースの女性。
俺の知る常識として、あれ程大事そうなのだからまさかあの小銭じゃないだろう。と考える俺もいれば、もしかしたらあの人の大事な物の在り処を知っているのは俺だけかもしれないと考える俺もいる。
小銭を渡して変な顔されるのも怖い、でもここで見て見ぬふりする自分も何だか居心地が悪い。
まさかこんなに考えさせてくる悪魔と天使がいるとは、大人になるとお前たちも成長するのか。
「(こうなればもう、当たって砕けろだ)」
「あ、あの」
「えっ、私?ですか?」
「はい。あ、その...何かお探しですか?」
「...あ、えっと...その、」
言い淀んだ彼女を見て、不思議と俺は確信した。
この人は絶対にあの小銭を探してる、と。
「これ、じゃないですか?」
「...えっ!?これ、これです!どうして?やっぱり落ちてたんですか?」
「あ、あ...はい、あのその、落ち着いて...」
俺の手ごと小銭を握って、ブンブンと上下に振る彼女。
女性に話しかけること自体しばらくしていない俺は、当然こうやって手に触れた記憶もない。
さすがに、心拍数が上がる。
「良かったぁぁ...無くしたらどうしよう、ってずっと思って...私見つけるの苦手だから」
「見つけるのが、苦手?」
「注意力、っていうんですか?あれがその、特にこんな広い道だと中々...だから無いって気づいた時もう二度と見つからないって思ってたんです」
「そう、なんですか。あの、そろそろ手を」
「でも!貴方が見つけてくれて、また私はこれに出会えました!!本当に、心から感謝申し上げます!!」
丁寧な口調でどこか大人っぽく聞こえるのに、見た目や今にもスキップし始めそうなその高いテンションは幼い。
外見と中身にギャップがあるのだろうか。
いやいやテンションはどちらかといえば中身だろう、だからギャップでは無くて、うん。
やっぱり手を離して欲しい、頭の中が上手く纏まらない。
「あの!」
「っ、はい...?」
「大事なもの、見つかってよかったです。ですがその、初対面...なので、この手を離していただけると嬉しいです」
「わっ、えっ...あ、も、申し訳ありません!」
彼女は俺からパッと離した手を、気まずそうに顔の前で組んだ。
心做しかその手がほんのり赤いような気がして、彼女が恥ずかしがっていることに気づいた。
「あ、その。ごめんなさい、嫌だとかそういう意味合いではなくて。俺自身、女性とこうやって向き合って会話するのが久々だったもので...少し驚いてしまったんです」
「こちらこそ、その...私嬉しいに夢中になると他の感情がどこかに行っちゃうんです。それで、貴方の言葉も聞こえてなくて」
「いえこちらこそ。少し強い言い方になってしまって、申し訳なかったです」
俺は、自然と言葉を紡ぎながら不思議な気持ちになった。
どうしてこの人には、自分の内面を話していのだろう。
それにこの人は最初からずっと、彼女自身の内面を言葉にしてくれている。
何だかずっと、遠く感じていた人と人との会話が成立している気がする。
「...あ、それ受け取ってもいいですか?」
「あっ、そうでしたね。すみません」
「ありがとうございます。...はぁぁ、あって良かった」
「それほど大切なもの、見つかって良かったですね」
「はい。その、これは祖母の形見なんです」
「お祖母様の?」
「これが最後にくれたお小遣いでして...」
「お小遣い、ですか」
「あ、その私が小さい頃、よく10円チョコを買ってて...私との記憶で最後まで残ったのがそれ、みたいで」
その話を聞いた時、俺はやっとあの小銭の価値を知った。
俺含め彼女以外の誰かからすれば、『たかが10円』と思うのが大半だろう。
でもこの世界でたった1人、あの小銭の価値が10円では収まらない人がいる。
そして俺はたまたまこの道で、その特別な価値を知っている人に会えた。
少しだけ、何かを大切に思う暖かい気持ちをお裾分けしてもらった気分だ。
「...とても大切ですね」
「えっ」
「その10円。世界で唯一の価値を持ってるんですね」
「...はいっ、そうなんです」
誰かの何かを肯定するのも、もちろん否定するのも、その人の領域に口出しするようであまり好きじゃない。
それでも今日は、この晴れ晴れとした思いを彼女に伝えたいと思えた。
それも久々の感覚だ。
「…もし、良かったらなんですけど」
「はい?」
「お礼、に昼ご飯でも行きませんか?」
とくん、と心地よい心音。
それが意味するのは恋に落ちたとか、可愛いと思ったとかそういう類のものではない。
この人といる時間が続くことが、嬉しい。
「行きましょう。ちょうどお腹空いてたんです」
「本当ですか!!じゃあ、お勧めの定食屋さんがあるんです。和食はお好きですか?」
また丁寧な言葉遣いと、子供みたいに楽しそうな声色。
俺はあんまりテンションが高い方ではないけど、置いてかれてる気はしない。
むしろ、こんな俺に対しても楽しそうにしてくれることが嬉しい。
「和食好きですよ。特に焼き魚が好物です」
「そうなんですか!えっと、…そういえばお名前は?」
「たあきです。田んぼと季節の秋」
「田秋さん。…私ははるのです。季節の春に、野原の野」
「なんだか、似てますね?」
「はい!!私も思いました…ちょっと笑い堪えてました」
「俺も、笑いそうになりました」
ポカポカと暖かい人柄に春、という漢字がぴったりだと思う。
流石に会って数分でこの感想は言いづらいが。
春野さんの隣を歩くのは、暖かい。
「あ、あの聞いてもいいですか?」
「はい、何をでしょう?」
「好きな魚です」
「…はい?どうぞ」
「もしかして秋刀魚じゃないですか?」
「なるほど…」
「私の好きな魚分かりますか?」
2人とも笑いを堪えながら進んでいく話。
正直この流れなら俺は『鰍』であるべきだとは思うが、でも残念ながら食べた記憶がない。
「鰆、ですか?」
「ふふっ…あ、あの正解です」
初対面でこの会話をするのはどうだろうか。
ただ楽しいことには違いない。
第三者が見れば変かもしれないけど。
「田秋さんはすごく優しいですね」
「…え、そう…でしょうか」
「はい。初対面ってこともう忘れそうです!」
「…それは、こちらこそですよ」
人を避けていたわけではない。
まして嫌いになったわけでもない。
でも俺を知ってもらうことだけは、怖いことだと思っていた。
「あの、変だとは思わないですか?」
「何がですか?」
「俺と一緒に歩いていて、色んなとこ見てるな…とか」
きっと俺はこの質問をずっと誰かにしたかった。
あの時、どこかに無くしてしまった自分を誰かに見つけて欲しくて。
そして今日春野さんに出会って、なんとなくこの人に見つけてもらいたい、そう思った。
「変じゃないですよ」
「…」
「田秋さんは、人より丁寧に道を歩いてるだけじゃないですか」
「丁寧に、」
「そのおかげで私は祖母の形見にもう一度会えましたし、丁寧は何にも悪いことじゃありません。」
しっかりと俺の目を見て、ゆっくり優しく話す春野さん。
やっぱりこの人だったんだ、と心の中で勝手に俺は思った。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。…丁寧だなんて、私の注意力散漫とは違っていいじゃないですかぁ」
明るく言っているようでどこか寂しそう。
俺は気の利いた人間ではない。
だから結局会話をするとなると、正直に伝えるしかない。
「注意力散漫、ではなくて天真爛漫ではないでしょうか」
「それはいいこと…ですか?」
「はい。前者は短所でも、後者は長所です」
「天真爛漫、私が…」
「一緒に話していてこちらも楽しい気持ちになります」
「本当ですか?」
「俺は明るい性格ではないので、そうやって人を楽しくさせられる春野さんが凄いと思います」
「へへ…そう、ですかね」
恥ずかしそうでも、さっき感じた寂しさはもうどこにもいない。
「田秋さん」
「はい」
「今日のお昼ご飯が終わっても、私と会ってくれますか?」
「…はい、こちらからもお願いします」
俺の注意深さ改め、丁寧さが見つけてきてくれたのは春野さんとの出会いだった。
誰かの大切な想いに触れ、相手を知って、俺も知ってもらって。
無くしていた自分にも、また出会えた。
俺はあの日躓いた小石に、ずっと感謝し続けるだろう。
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