雨宿り

 急な雨に僕は追い立てられた。
 咄嗟の夕立か、其れとも暫らく続く長雨なのかはわからないが、とにかく雨宿りだ。
 でなければまるで僕は雨となってしまう。
 速く、それでいて泥濘に足捕られないよう確りと足取りを進める。灰色の曇天は風景をモノクロがかせる。鉛のような雲は重さに堪えかねてしまい、ぼとぼとと雨の音、そんな雨の暴動が起きてバラバラとした機関銃のゲリラ雨となった。暈けた風景で視界は薄っすらとして、体が薄冷めて少し硬張り、時折に躓きかける。薄ぼやけた先を眺めると停留所がある。よし、そこで小休止といこうじゃないか。
 なんとか屋根のある停留所に滑り込む。水滴がその中でもリズム良く響く。安堵のせいか油断していてダラけてたら、雨靄のせいか気づかなかったが先客がいた。雨のせいで薄ぐもった眼鏡に似合わず、髪はしっかりと三つ編みに結んでいて、ずぶ濡れの自分と違ってきっちりと雨傘を用意している模様。この停留所でバスを待っているのだろうか?
 二人きりなので余りジロジロ見ないようにする。ふと、
「くしっ!」
 くしゃみをした。ここまで来るのに其れなりに濡れたらしい。ひんやりともする。雨傘を用意しておくような性分でもないので、タオルやハンカチなども持っているはずもない。まったくもってずぼらな性分だ。さてさてこれからどうしよう。…と。
「どうぞ…ハンカチ…」
 相席してる女の子がそっと水色のハンカチを差し出した。
 行為を無下にするわけにもいかないし、莫迦だから風邪は厭だ。彼女にありがたく礼を述べる。髪に含んだ雨水をざっくりと滴り落ちらせ、細やかな水滴を拭うため顔を覆うと、借りたハンカチからは香りが咲いた。
「…女の子の香りだ」心臓がドキリと宣う。
 落ち着かせるため直ぐに首元や腕を拭いてやり過ごす。雨で冷めた筈の身体が妙な熱を帯びてしまうが。そうこうして、どぎまぎやっているのを彼女は微笑で返す。
 やはり僕はただの阿呆のようだ。
 ハンカチから薫る十代の香り。
 あの時も似た香りがしたのだ。想い出が僕の中を廻る…。

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