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愛とかなしみの背理法:土井探花句集『地球酔』

こんな日は仲間はづれの雉が好き

この句の中に自分を見る人、あるいは共感する人は、「ここに自分がいていいのか」と思うことが多いタイプではないだろうか。

どんなに大人になっても、一日を呼吸しているだけで難しい日はある。
仕事やお金があるということと関係なしに、絶え間ない隙間風のような精神の飢え。

上記に書いた内容は、言うまでもなく私が普段感じていることである。
だから、おそらく今でもなにがしかの表現をしようとし続けている。
その手段の一つが「俳句」で、それは土井探花にとっても同じだろう。
「表現」、それは自分と自身の精神の在り様の「証明」に等しいものだから。

本句集を読み終えた第一印象が「この作家は背理法を用いて十七音の中に自身の精神を表わそうとしているのではないか」ということだった。
直接的には表現(証明)することが困難な言葉や心のありようを(省略や季語等を用いることで)間接的に表現(証明)することで、より自身に近い姿(世界)として読者に提示する。

そんな益体もない私の感想はここまでにして、下記に感銘句を挙げたい(全7章、1章ごとに2句ずつ)。

三択にわたしがゐない日の椿
履歴書にちやんと花野を貼つておく

出目金の昨日と今日が混じる水
この星の鱗雲みな孤児である

鼻歌をルパンに盗まれてのどか
梟を傷の無い夜と同期する

雨後の朝顔平等はきつとある
事務的に嫌ふあなたを朝顔を

背泳ぎの空は壊れてゐる未来
みぞれ降る降る偽善者のリズムで

山茶花をはみ出してゐる他人たち
愛日の自販機にゐるトマス・マン

接吻の国へと続く泉だらう
冥王の食卓めいて冬夕焼

文体スタイルは旧仮名で口語体。
一見、捩れたトリッキーな印象を読者に与える。
だが、読めばすぐに土井の俳句作品の底には古典的な文語かつ有季定型がしっかりと息づいていることがわかる。だからこそ、口語になっても言葉が上滑りせず17音の型の裡に自然に呼吸している。また、通常は俳句で使われない(「俳句的でない」という理由(これって、個人的にはホントくだらない理由だと思ってますが)で敬遠されたり、使うこと自体を思いつかない)ような言葉がしっかりと腰を据えて季語との化学反応を楽しんでいる。

語り口は今風なのに、表記はレトロ。
こういった手法をとる俳人は他にも存在するが、この文体を手中に収め自然に使いこなしている作家は少ないのではないだろうか。

もう一つ、作り手として共感し、また読者として彼女の魅力の一つと感じたのが土井の十七音のもつ「抜群のリズム感のよさ」だ。

レノン忌るるるやさしさのボーナスステージ

三句に分ければ「7・5・8」、全音数を通しでカウントすれば20音の字余り。なのに、この句は「長さ」を全然感じさせない。
さらには「るるる」のオノマトペがレノンの「イマジン」などの歌声を想起させ、意表を突く「ボーナスステージ」へ着地するが、このラストの名称が不思議に説得力を発揮している。

上記の句は極端な例だが、それ以外にも句またがりや字足らずも含めて土井の俳句作品には韻文のリズムが常に脈打っており、そのことが視覚だけでなく五感に訴える効果を放っているのではないか。
ふとそんなことを思った(音楽やダンスなどの経験があるのかな? と思ったり。いつかお会いすることがあったら個人的にはお聞きしてみたいです)。

五感といえば、下記のような直接的に「性」に言及した作品もある。
良いブラジャー少しきつくて去年今年
読初の性感帯といふ活字
花ぐもりスプーンの恥丘を撫でる

いささかどぎつい言葉。でも、リアル。湿り気のないぶっきらぼうな詠みぶりが、どこかユーモラス、そして少しさみしい。

かといえば、下記のような「性」の句も。
冴返る塗りつぶさない性別欄
冬銀河ときどき性別が嫌ひ

話題を性別に限定せずとも他者とは「違う」自分に苦しんだ経験のある人なら、頷く内容だろう。「違う」ことが時として地球と月の距離くらいにあなたと私を果てしなく隔てることがある。そのときの、いつまでも終わらない夜のような孤独。
それは同時に、たまらなく誰かを欲し手を伸ばした夜を土井もまた繰り返したことがある、という告白のようでもある。

表題句。
轡虫あなたも地球酔ですね

本句集にはしばしば「地球」や「星」に言及した作品が登場する。
そのたびに「自分が存在する」ことへの作家のこわごわとしたまなざしを覚える。
冒頭に書いた「一日を呼吸しているだけで難しい日」、それは土井流に表現すれば「地球酔」ということなのかもしれない。
でも、酔いながら人に手を伸ばし、言葉を交わし、手を振り払われたり言葉を無視されても、傷つきながら進んでいく土井探花の俳句には無垢の信頼の手触りがある。

そして、おのれだけの花を探した結果が今回の句集として相成った、そのことを遠くより祝福したいと思う。

ご恵贈、ありがとうございました。

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