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たぬきの娘になった話


関東の外れ、
どこにでもあるようなアパートの一室。

ここが、なちこの城だ。

築浅、南向き、コンビニまで徒歩5分の
快適な暮らしを実現してくれた、
某大手住宅メーカーに感謝している。

カチカチカチカチ……

ドンッドンッ…ガァァァァ!!

コントローラーの操作音と、
テレビから流れるモンスターの雄叫びが
12帖のリビングに響き渡る。


♪〜ピーンポーン

こんな優雅な昼下がり、玄関チャイムが鳴る。


「はいはい、どちら様ですかー?」

インターホンの応答ボタンを押して、
小さな画面をのぞき込む。

誰もいない。

なんだ、イタズラか?

いくらニートでも、
イタズラに付き合う暇はない。

インターホンを切ってソファーに戻り、
再びコントローラーを手に取る。

ラージャン討伐を始めて、かれこれ2時間。

クエスト失敗の文字に愛着さえ湧いてくる。

「ゲーム初心者に、ラージャンは無理よ…」

独り言を言いながら、
素早いカミナリゴリラに向かっていく。


♪〜ピーンポーン

2度目の玄関チャイムが鳴る。

「また?誰だよ、もう!!」

再び立ち上がり、
インターホンの画面をのぞき込む。

やはり、誰もいない。

「またイタズラか…」

ため息交じりの呟きが、口から漏れてしまう。

『イタズラじゃない!!!!』

画面から、誰かの声が聞こえてくる。

『おぅ、なちこ!!ひでぇじゃないか!』

『せっかく訪ねてきてやったってのに、
   玄関先で待たせるやつがいるか!!』

『そもそも、ここの長屋は
   呼び鈴の位置が高すぎる!!』

『たぬきに優しい設計ができねぇのか!』

……訂正しよう。

インターホンから、何かの声が聞こえてくる。


「お父ちゃん?また来たの?」

インターホン越しでも伝わる、冷めた声。

「いま、ラージャン狩りで忙しいんだけど。」

そう、私はカミナリゴリラに夢中なのだ。

父とはいえ、たぬきと戯れる暇はない。

『ラージャンだかマージャンだか知らねえが、
   またゲームしてやがるのか!!』

『お父ちゃんは一生懸命、汗水垂らして
   嫁と子どもの為に働いてるのに…』

「いや、それは本宅の嫁と子どもでしょ。
   なちこはお父ちゃんに養われてないし。」

そう、なちこはたぬきの娘だが、
我が家の主たる生計者は人間(彼氏)だ。

このたぬきには、
本妻さまと娘さまが2人いて、
普段は人間として暮らしているそうだ。

『おまっ!!おまっ!!それはだな!!
   そんな寂しいこと言うもんじゃない!』

『こうして遠路はるばる、
   なちこの顔を見にきてるのに…』

画面には何も写っていないが、
画面の先でたぬきが落ち込む顔が目に浮かぶ。


(どうやってnote村から出てくるんだ…)

インターネットの中にあるnote村から、
3次元にあるこの部屋まで訪ねてくるたぬき。

涼宮ハルヒやドラえもんもびっくり、
ひろゆきやホリエモンも想定していないであろう
ネットと現実世界の往来を実現するたぬき。

この方法を記事にしたら、
note収益化に成功するんじゃ…?

そんなことを考えていると、
画面の向こうが騒がしくなっていた。



『いや、ちょっと、君たち、やめなさい』

「たぬきがいるー!」
「なんか喋ってるよー!」

玄関先に放置していたものだから、
下校途中の小学生軍団に取り囲まれたようだ。

『君たち、寄り道はダメ!帰りなさい!』

「喋るたぬき、YouTubeにアップしようぜ!」
「たぬきのエサって何?おばあさん?」
「うさぎと仲が悪いんだよね?」
「学校のうさぎ小屋に入れてみよう!」

『うさ……うさぎ?!うさぎはダメだ!!』

あー……助けてあげたいけど、
すっごく面倒くさそう。

あの中に巻き込まれたくない。

かと言って、
インターホンを切ってしまっては
娘として冷たすぎるのではないか、と
心の片隅に残る良心が問い掛けてくる。

「お父ちゃん、ここから見守るね?」

画面の向こうで揉みくちゃにされる父に、
精一杯のエールを送る。

『お?!おう!まあ、元気そうでよかった!
   ちょっと落ち込んでるみたいだったから
   様子を見に来たが、大丈夫だな!』

あー、なちこが悩んでいたから、
様子を見に来てくれたのね。

「大丈夫だよ、もう元気だし。
   それより、己の心配した方がいいね。」

たぬきの捕まえ方を調べると言って
各々の家に向かって走っていく小学生たち。

きっと、巧妙な手口…いや、
巧妙な技を使った捕獲作戦が始まるか、
その前に警察と保健所の職員が来るだろう。

「早く帰りなよ、お昼休みが終わるよ。」

「会社に戻るか、保健所に連れていかれるか
   究極の二択になってるけど。」

一応、たぬきのみを案じながら、
早く帰って欲しい気持ちを隠さない。

『もうこんな時間か!!』

「もうそんな時間だよ。」

『お父ちゃん、なちこと昼飯食おうと思って
  弁当作ってきてやったのによぉ…』

「あ、そうだったんだ」

『とりあえず、ここに置いとくから、
   あとで食べりゃいーよ!』

『今流行りの、あれよ、Uberケロッグだな!』

UberEATSとコーンフレークを
見事に融合させるたぬき。

コーンフレークやないかって
言わなきゃだめなんだろうな…


『じゃあ、なちこ!ちゃんと食えよ!』
『なんかあったら、すぐ連絡しろよ!』
『いいか、うさぎには気をつけて…』

「わかったから、はよ行け!」

『おっおう!!じゃあまた来るからよ!』

...♪*゚けろけろ〜ん

俗に言う「魔法使いの呪文」のような
リズミカルな音が鳴り、
画面の向こうが一瞬明るくなる。


私は玄関に降りていき、扉を開けた。

たぬきは、もういない。

宇宙みたいな模様の風呂敷に包まれた
お弁当が置いてある。

持ち上げると、何か液体でも入っているのか。

ずっしりと重みがあった。

テーブルの上に皿と箸を用意して、
風呂敷を開いてみる。

「え、またこれだよ…」

最近、お父ちゃんは麻婆豆腐に凝っていて、
定期的に新作を食べさせようとする。

「私に会いに来たというより、
   新作の味見をして欲しかったわけね。」

まあ、いいだろう。

これは、皿と橋だけじゃ足りないな。

私は再び台所に立つ。

実家から届いた米を3合、炊飯釜に入れる。

麻婆豆腐だから、少しかために炊きあげよう。

そして、冷蔵庫からたまごと豆腐を取り出して、
簡単たまごスープを作る。

お父ちゃんの麻婆豆腐は辛すぎるから、
薄味の卵スープが必須なのだ。

せっかくの優雅な午後が台無しだ。

ゲームはとっくにスリープモードになっている。

「お父ちゃん、余計なものを持ってきて…」

急な来訪は迷惑だけど、
私の様子を見に来てくれるわけだから、
嫌な気分はしない。

むしろ、直接は言わないが、嬉しいものだ。

ご飯の炊きあがりを待ちながら、
麻婆豆腐をひと匙 すくって口に運ぶ。

「はむっ…んぐっっっ…かーらい!!!!!」

お父ちゃん、また辛さを強めやがった!!!

早速、スマホを取り出して
お父ちゃんにLINEを送る。

《お父ちゃん、辛いよ、もうやめて》
《でも、ありがとう。いただきます》

ピピーッピピーッ

ご飯が炊けたようだ。

さて、この麻婆豆腐を片付けよう。

お父ちゃん、いただきます。


なちこ

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