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【映画感想文】マルチ商法で狂っていく母親が女ジョーカーって感じでヤバかった! 詐欺ダメ、絶対! - 『西湖畔に生きる』監督:グー・シャオガン

 これは凄いものを見てしまった。

 中国の山水画を彷彿とさせる壮大な自然描写で定評のあるグー・シャオガン監督の新作『西湖畔に生きる』を見てきた。タイトルからして山間に暮らす人々の古き良き伝統が映し出されているのだろうと想像していた。

公式サイトより

 ところがどっこい全然違った! いや、冒頭こそ、たしかに美しい畑でお茶の葉を摘み、丁寧に釜炒りをする職人技が示されるのだけれど、そこで働くシングルマザーがクビになったところから物語は急展開。マルチ商法にどっぷりハマり、おかしくなってしまうのだ。

 雇用主との不倫がバレて、追い出されてしまったお母さん。大学を卒業した息子は定職につかず、結婚どころか将来だって不安でいっぱい。どうしたものかと悩んでいたら、親しい友だちが、

「わたしの弟が新しいビジネスで成功しているの! 仲間を集めているところだから話だけでも聞きに行きましょ!」

 と、優しく声をかけてくる。で、山奥のセミナー会場へバスに乗って向かってしまう。

 ホテルの宴会場みたいなところに舞台があって、パチンコ屋みたいなケバケバしい照明の下、このビジネスを始めて「成幸」した人たちが涙ながらに挑戦してよかったと熱弁していく。

公式サイトより

 なんでも足の裏に貼るだけであらゆる不調を治してくれる「足裏シート」を大量に仕入れて、家族や友だちに売るだけの簡単な商売だという。さらに新たな販売員を勧誘したら、その人たちの売上の一部はあなたの利益になり、あっという間に働かずして億万長者になれるというのだ。

「おい! それって、マルチじゃねえのか?」

 その説明を聞いていたおじさんが立ち上がり、そう怒鳴る。美味しい話を怪しんでいた他の人たちは自分の代わりに聞きたいことを聞いてくれたのでホッとする。

 さあ、それまで舞台で意気揚々とプレゼンをしていたお兄さんもさすがに動じてしまうだろうと見ていたら、まったくそんなことはなく、いわゆるマルチ商法と「足裏シート」販売が異なるか、冷静に説明を始める。正直、どういう仕組みなのかはよくわからないけれど、

「だいたい、我々はあなたからまだ1円も取っていませんよ。むしろ、あなたにたくさんのものをプレゼントしているじゃないですか。もちろん、帰ることを邪魔したりはしません。興味がないならお帰りください。これから本当の人生を掴もうとお集まり頂いた皆さんの足を引っ張るのはやめてください!」

 みたいにおじさんを完全に論破してしまう。すると、参加者たちも大いに盛り上がり、おじさんに帰れコールをぶつける。悔しそうに退散していくおじさんの寂しい背中を見ながら、みな、あいつは負け組とばかり憐れみの視線を送る。

 ちなみにこの「マルチじゃねえのか?」と指摘したおじさんは組織のサクラ。あえて疑惑を可視化して、参加者を巻き込む形で潰すことでカモとなる人たちを精神的に追い込むシナリオ通りの展開だった。

 ……なんというか、映画なのにリアル過ぎるって笑

 それもそのはず、公式サイトによれば、グー・シャオガン監督は実際のマルチに潜入取材を試みて、どうして被害者の人たちは法外な商品にのめり込んでしまうのか、ちゃんと調べ尽くしたというのだ。実際に洗脳プロセスも体験したというからめちゃ凄い。

マルチ商法の集団に潜入して、監督自ら洗脳プロセスを体験

企画のきっかけは、親族のひとりがマルチ商法にはまってしまったことだったと監督は言う。監督は実際にマルチ商法の会場に行き、そこで彼らのメソッドが、「自己実現」と「他者からの承認」という欲求を満たしてくれることだと知る。監督はその後、全面的なリサーチを始め、中国西部のある都市にある、中国で有名な事件となったマルチ集団「1040工程」にも潜入してみたと言う。映画に出てくる多くの描写は監督のリサーチ体験をもとにしている。

公式サイトより

 だから、被害者たちの境遇もいちいち生々しい。

「わたしはブサイクだけど、足裏シートでお金を稼ぎ、バカにされる日々からおさらばしたいんです!」

「僕は病気だし、見ての通りカツラです。この商売で成功し、みんなを見返してやります」

「夫がお前は自分一人じゃなにもできないって。そんなことないって証明してやる!」

 そして、夫に捨てられ、仕事をクビになり、必死に育て上げた息子の将来を心配するシングルマザーは決意を固める。これまでの貯金をすべて吐き出して、買えるだけの「足裏シート」を購入してしまう。

 それから彼女は人が変わったようになってしまう。伝統的なアジアンビューティーだったのに、突然、派手なメイクにソバージュかけて、肩パッドの存在感がイカついバラ柄のスーツを着こなし始める。なんというか、明らかにヤバい笑

公式サイトより

 久しぶりに再会した息子は笑ってしまう。いやいや、騙されているんだよ、それ。母さん、SNSで南の島に行ったと投稿していたけど、急にどうしたんだよ? え、あれは嘘の投稿なの。客の信用を得るためって、あんな効果のないシート、売れるわけないだろ。はぁ……。いったい、どれだけ仕入れたわけ? ……え? 嘘だろ。この部屋いっぱいに積み上がった全部がそうだって言わないよね? 

 動転する息子に母親は力説する。この「足裏シート」ビジネスはまったく新しいシェア経済なの。暗号通貨やNFTも関係していて、グローバルに展開するエコノミー圏だからなんの信頼もいらないの。なにより、母さんは楽しいの。ようやく自分の人生を手に入れたって感じ!

 もちろん、この後、破綻に破綻を重ねます笑

 途中、おかしくなった母親が雨の中、喜怒哀楽が入り混じった表情でくねくね身体をよじらせながら、思いの丈を息子にぶつけるシーンがあるのだけど、圧巻も圧巻。これを大スクリーンで見るだけでもチケット代を払った価値があった。

 ポスターでも使われているけれど、さながら女版ジョーカーといった様相。ゾクゾクっとしてしまう。

 一応、この映画、山水映画を謳っていたはずなんだけど、資本主義でどうしようもなくなっていう都会の人間模様ばかりなんだけど……笑

 そんな風に不安になっていたけれど、そこは中国。どんなに救いがなかろうと、どんなに絶望を極めようと、大河の流れが見事に浄化してしまう。欲望の化粧がドロドロに溶けて化け物みたいになっていたお母さんも、静かさを湛える清らかな泉に浸れば、元通りの純粋さを取り戻す。この役を演じるジアン・チンチンの美しさは国宝級。論理もクソもないけれど、納得せざるを得ないパワーに満ちていた。

 なんというか、エンドロールを眺めつつ、凄いものを見てしまったと心が震えた。スケールが桁違いにもほどがある。それは明らかにハリウッドと方向性が違うけれど、打ちのめされる度合いとしてはアメリカをはるかに凌駕していた。

 いやはや、中国、恐るべし。




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