【ショートショート】#拡散希望 (1,675文字)
SNSを見ていたら、タイムラインにこんなつぶやきが流れてきた。
よくある人探しのお願いだった。だが、恐ろしさのあまり、身体が震えて仕方なかった。なにせ、そこに添えられていた写真に映った女はわたしに違いなかったから。
なぜ?
どうして?
頭が真っ白になり、たちまち呼吸は荒くなった。脈拍も心拍数も急激に上昇。めまいに襲われた。
現実とは思えなかった。遅く起きた日曜日の朝、布団の中でだらだらスマホを眺めていただけなのに。
なにが起きているのか、少しも理解できなかった。
つぶやきに書いてある地名は、たしかに、わたしが住んでいる地域と合致していた。けれど、若年性認知症でないし、そもそも結婚なんてしていない。恋人もいない。一人、この部屋に暮らしているのだ。いったい、誰がわたしを探しているのだろう。
写真の中のわたしは笑っていた。白いワンピースを着て、背景には青い空と青い海が広がっていた。いかにも爽やかな一枚だったが、いつ、どこで、誰に撮ってもらったものか、さっぱり思い出せなかった。
ただ、髪型も、目と鼻の形も、口元のほくろもなにもかも、その女は百パーセントわたしであった。
他人の空似でないことは頬の傷が保証してくれた。ファンデーションでかなり隠せてはいるものの、小学生の頃、自転車の転倒でパックリと切ってしまった痕跡だけは、完全に消すことは不可能だった。世間の目は誤魔化せたとしても、そのことを誰よりも知っているわたしの目だけは誤魔化せなかった。
不気味だった。目的がさっぱりわからなかった。
#拡散希望 の効果なのか、やけにたくさんリポストされていた。相互フォローの関係にある人たちも反応していた。だいたい、そうじゃなければ、わたしはこのつぶやきを見つけられていなかった。
なんだか、とんでもないことに巻き込まれているような気がしてならなかった。リプもたくさんついていて、
とか、
とか、わたしの生活圏にある固有名詞が当たり前のように並んでいたので、うっぷ、嘔吐感が込み上げてきた。
やばかった。「愛する妻を探す夫」を名乗るアカウント主はそれらの情報に対して、DMで詳しく教えてくださいと反応していた。親切な人たちは疑うことなく、「愛する妻を探す夫」にわたしの居場所を善意で明かしているのだろう。すると、「愛する妻を探す夫」がわたしを見つけ出すのは時間の問題。シンプルにヤバかった。
そもそも、「愛する妻を探す夫」とは何者なのか。できれば、このままスマホの電源を切ってしまって、再び布団にこもり、夢の世界に逃亡したくて仕方なかった。しかし、初期デフォルトのアイコンを使っていながら、捜索願いが大バズりしている謎のアカウントについて、確かめずにはいられなくって、プロフィールを見に行ってしまった。
案の定、そこには若年性認知症の妻を探している以外の新規情報は記されていなかった。それでも、最新のつぶやきが自然と目に入り、わたしは絶望せざるを得なかった。
そのとき、ピーンポーンとチャイムが鳴った。
わたしは堪らず、スマホを持つ手を離してしまった。最新型の巨大なiPhoneは掛け布団に弾かれて、玄関の方へと飛んでいってしまった。
ドンッ。
フローリングに落下して、鈍く、大きな騒音が静かな部屋いっぱいに広がった。それはわたしが現在、在宅しているなによりの証拠であった。招かれざる客は嬉しそうなリズムで、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、激しく扉を叩き始めた。
早くお家に帰りたい。ここが自宅のはずなのに、気づけば、わたしはそう強く願っていた。
(了)
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