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【ショートショート】犯人はこの中にいなかった? (1,459文字)

「探偵さん、まだ出てこないの?」

「そうなのよ。ご飯ができたって言っても反応なし」

「まあねえ。普通、食欲もなくなるよ。だって、みんなを集めるだけ集めて、犯人はこの中にいると宣言したのに、いなかったんだからね」

「だよねえ。わたし、初めて見たわ。犯人がこの中にいないパターン」

「そりゃ、名探偵しか言っちゃダメなセリフだもの」

「見た目と話し方だけは名探偵っぽかったんだけどね」

「ボサボサの髪の毛をかきむしったらフケが落ち、猫背でヨレヨレのコートを着て、パイプをくわえていたからね。いま、思うと、名探偵らしさが玉突き事故起こしてたのね」

「それにこの場所も場所よね。雪山の山荘で、スマホは圏外。吹雪で外界と連絡がとれないって話だったでしょ」

「あー、それね。さっき、大学生の男の子たちがちゃんと調べたら、勘違いだったみたい。管理人部屋の電話はつながっていたし、それでタクシー呼んだら普通に来てくれるんだってさ」

「うそ。陸の孤島じゃなかったわけ。あんなにクローズドサークルだって騒いでいたのに」

「たしか、それも探偵さんが言い出したのよね。まったく、ポンコツにもほどがあるわ」

「いま思うとなんだったのってことだらけね。あのおじさんの遺体が見つかったときも、密室殺人だって主張して引かなかったのは探偵さんだったもの」

「その上、被害者の奥さんに向かって、犯人はお前だーってやった結果、間違いだったは笑えないよね。あのときの空気、いま思い出してもゾッとする」

「いや、でも、正直わかるよ。すごく歳の差だってし、あの旦那さん、有名な資産家みたいだったしね。遺産目当てだったとしてもおかしくないから」

「わたしも疑ってはいたけどさ、普通、怪しい人は犯人じゃないでしょ。こういうとき」

「まあね。それを言うなら、探偵さんが次に犯人だって指定した人も相当怪しかったよね」

「あの包帯ぐるぐる男ね。いかにも犯人だったけど、確認したら本当に顔を火傷した人だったし、殺人鬼呼ばわりされてお気の毒に」

「そこからは探偵さん、とりあえず、片っ端から犯人はお前だを連発しちゃってね。わたし、自分のことが指さされたとき、さすがに見当違いも甚だしくて噴き出しそうになっちゃった」

「わたしもわたしも。だんだん、そう推理した理由も言わなくなっちゃって、単なる消去法と当てずっぽうを繰り返していただけ。酷かったなぁ」

「てか、犯人探すの早過ぎたのよね。なにせ、まだ一人しか死んでないのよ。こういう旅先で誰かが亡くなるなんて初体験だったし、つい、気分も昂って、探偵さんのこれは殺人事件だの一言を信じちゃったけど、なんだかねえ」

「どうせ病気か事故か自殺だったのよ。男性陣が話し合って、救急車にご遺体を運んでもらうことにしたらしいわ」

「え。警察じゃなくて」

「みんな、うんざりしているのよ。また、探偵さんにやられたみたいに疑いをかけらたら大変だもの」

「たしかに、相当なストレスだったもんねえ。図らずも、探偵さんのおかげで全員のアリバイは証明されたわけだし、いまさら警察は必要ないか。この中に犯人がいないことがわかったのは不幸中の幸いかもね」

「探偵さんは面目丸潰れで引きこもっちゃったけど」

「自業自得よ。もう放っておきましょ。何回も声をかけているのに反応すらないんだもの。仮にこれが殺人事件だったとして、迷宮入りってことでいいでしょ。わたし、疲れちゃったわ」

 そして、扉の向こうの会話が終わり、二人がタッ、タッ、タッと離れていく音を聞きながら、犯人はニヤっとほくそ笑み、パイプを静かにくゆらせた。

(了)




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