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ジャズ記念日: 9月16日、1992年@ペンシルベニア

Sep. 16, 1992 “Basin Street Blues”
by Keith Jarrett, Gary Peacock & Paul Motian
at the Deer Head Inn, Pennsylvania for ECM (At the Deer Head Inn)

※音源が見当たらず、同曲の別演奏となります

キースジャレットの故郷、東海岸ニューヨークの隣、フィラデルフィアにある同氏が若かりし頃に演奏を行っていた思い入れのあるジャズクラブ、ディアヘッドインでの再演という企画。

ディアヘッドインの外観
アルバムジャケットにも採用されている

自身による本アルバムのライナーノーツには、このクラブで、テナーサックスの巨人スタンゲッツの伴奏をしたところ、スカウトされたとの記述がある。しかも、ギター奏者としてだから、天才が認める天才は何をやっても凄いというエピソードと、その後にマイルスバンドに加わるチックコリアとキースまで発掘するスタンゲッツの目利きの凄さが垣間見える。ゲッツとコリアの共演作はこちらからどうぞ。

定番スタンダードトリオのスタンダードメンバー、ピアノやベースも流暢に弾きこなす天才のジャックデジョネットに代わって、ここではキースが影響を受けたビルエバンス最良のパートナーの一人であり、スタンダードトリオ結成前に共演していたポールモチアンがキースに寄り添って、シンプルに空間を意識したような、目立たないけれども、さざなみのような心地良い雰囲気のドラムを叩いているのがミソ。その証として、良く聞くと、このドラムのリズムに合わせて刻まれるキースと思われる足踏みの音も収録されている。

月影に照らされて、ひっそりと佇むジャズクラブのモノクロのカバー写真が彷彿させる、虫の鳴き声が聞こえそうな初秋の、かなり親密な会場でのひっそりとした雰囲気が録音から感じ取れるため、九月に秋の夜長のドキュメンタリー的な観点も含めて観客になった気分で一枚を通して聴きたくなるアルバム。

キースが慣れ親しんだ環境に加えて、適度に抜けの良い、どちらかというと優しく音を吸収する木造の音響が、本作のリラックスした雰囲気を醸し出す要素と思われる。それもあってか、特にこの曲は、キースのノリの好調バロメーターであるウニウニという唸り声が多い。因みに、別の小さめの会場での以下のキースの演奏を、特に音響面に主耳を置いての聴き比べても面白い。

その唸り声の多さと大きさに演奏の質が比例するという個人的な見解から言うと、本演奏は指折り。緊張感漲るキースが珍しくリラックスして音楽に没頭しているのが吉と出て、何度聞いても飽きない心温まる名演となっている。

それに呼応するようなベースのゲイリーピーコックの枯れた演奏も、肩肘の張らないメロディー優先のソロも含めて素晴らしい。

キースは本曲等、幾つかブルースと名の付く楽曲の演奏記録を残しているが、そのブルースについて、この演奏から約五年後にウイントンマルサリスに噛み付いて論争を起こした事がある。曰く、テクニックがあって物真似がどれほど出来たとしても、形式ばって心に訴えるものが無いのは芸術足り得ないと。その必須要素たるソウルとブルースを持ち合わせない象徴としてウィントンを名指しして矛先を向けた。

曲がりなりにもジャズ不遇の時代もアコースティックジャズを続けて来たキースの自負からすると、彗星の如く現れて注目を浴び、ジャズの復活に貢献した反動で、若くてチヤホヤされた存在が神経質なキースには気に障ったのかもしれない。ここでのキースは、その発言を裏切らない、自発的に感情移入した独自の境地の演奏を聴かせる。

因みに、そのマルサリスによる本曲の演奏もあるので興味のある方はご試聴ください。キースが訴えたかった事が分かりますでしょうか。

曲はディクシーランドジャズの定番曲でルイアームストロングやグレンミラーの演奏によって定番化した。曲名は、ジャズ発祥の地ニューオリンズのフレンチクォーターにある現存する通りの名前。

1909年のベイズンストリート

最後に、キースのダミ声が苦手な方は、こちらに個人的な経験からの克服方法を記載しているのでご参考ください。

【追記】
オーディオ雑誌の『Stereo』に、『テラシマ円盤堂』という辛口ジャズ評論家の寺島靖国氏による面白いアルバム紹介コーナーがある。その2023年6月号に『ECMの真実』を書かれた稲岡さんが登場、キースのベスト4が紹介されている。そのうちの一作がこのアルバム。もう一つが文中に登場する”At The Bluenote”だったので、妙に納得、いたく共感した。

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