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今日のジャズ: 10月24日、1960年@ニューヨーク

Oct. 24, 1960 “Body and Soul”
by John Coltrane, McCoy Tyner, Steve Davis & Elvin Jones at Atlantic Studios, NYC for Atlantic (Coltrane’s Sound)

コルトレーンの名盤の一つ、マイフェイバレットシング(JRの「そうだ、京都へ行こう」CM曲)を彷彿させるのは、同セッションの録音だから。にも関わらず、この演奏の発表は見送られ、別アルバムとして四年後に発売されている。

1960年10月21日、22日、26日録音
“Summertime”や、”Bur Not For Me”も名演

コルトレーンは常に新たなスタイルを求めて探求し、それを他メンバーが追随することで極みの領域に達したという。その極地の一つがこの演奏で、原曲を重んじながらも新たな曲のような斬新なアレンジを加えて、コルトレーンならではの作品に仕立て上げ、一度聴いたら頭から離れない鮮烈さ。その一つの到達点がこちらの一世一代の名演奏。因みに本作の録音技師は、コルトレーンがブレークスルーした以下アルバム同様にエリッククラプトンの名曲『いとしのレイラ』を手掛けた伝説的エンジニアのトムダウド。

この名演を土台にして、その理論をスタンダード曲に当てはめて演奏したのが本曲。しかるに通常の、しっぽりとした甘い雰囲気では無い。冒頭のベースの音程の妙な違和感や、それを加速するマッコイ特有のパーカッシブなピアノの高いテンションから醸し出される不協和音のスレスレ感が新鮮な響き。

イメージ的にはソロイストを下支えする伴奏、特にピアノのバッキングが、挑戦的に斜め上から降って来て緊張感を醸し出しているのが画期的。音楽及びメンバーを毎回試行錯誤する過程で磨き上げられたアレンジと推測する。

ジャズ歴史家でコルトレーンに関する著述もあるEric Nisensonによる本曲の解説が的を得ていそう。曰く「コルトレーンは、全ての偉大なジャズミュージシャンが示した事と同様に、どんなに馴染みのある使い古された曲でも、個性的で個人的な作風に仕立て上げ、それがまるで初めて耳にする新曲のように聴かせる」

Eric Nisenson著のコルトレーン伝記(1993年)

コルトレーンが開眼して演奏のコンセプトが固まるとメンバーも厳選するようになり、この後、エルビンジョーンズの力強さに引きずられる事なく応えられる芯と安定感を兼ね備えたベーシストを模索、この曲のデイビスからレジーワークマンを経て、ジミーギャリソンに入れ替わり、所謂「黄金のカルテット」が完成、孤高の境地に突き進む。

日本語名『身も心も』という、秋の夜長に相応しいような旋律と恋い焦がれる歌詞を持つこの曲は、JazzStandards.comで輝かしい一位にランクされている。そしてその筆頭の紹介曲が本作。

まだ紹介できていない曲、多数(汗)

スタンダード曲でビングクロスビー初のチャート一位獲得をもたらした”Out of Nowhere”を手掛けたアメリカ人作曲家、ジョングリーンによって1930年に発表されたミュージカル曲。瞬く間に普及して1930年末にはルイアームストロングを含め11もの演奏が発表されて認知度が高まった。その後、テナーの開祖の1人コールマンホーキンスによるビバップの先駆け的な1939年の10月の録音、1947年11月のシナトラの録音等を経て一大スタンダード曲化していく。

これらの所謂オーソドックスな演奏と一線を画したのが、本作のコルトレーン。そんな聴こえ方、見え方の違いの志向性を抽象的な本アルバムジャケットが表現しているように思われる。その著名な前衛画家、マービンイズラエルに興味を持たれた方は、こちらをご覧ください。

因みに本アルバムジャケットのモチーフは、こちらでは無いかと勘ぐってます。

1957年9月15日収録”Blue Train”

最後に、本作から約二年後のコルトレーンによる、しとやかなバラード作品をどうぞ。同アルバムの中で唯一、ベースにレジーワークマンが起用されている曲です(それ以外は全てジミーギャリソン)。

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