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仏教とジレンマ|仏教における倫理とは何か?

『サンガジャパンVol.31』特集「倫理」
仏教における倫理とは何か?
(二〇一八年一〇月一一日 第51回サンガくらぶ)
仏教とジレンマ 佐藤哲朗

 よろしくお願いします。今日はスマナサーラ長老の講演に先立って、ちょっとお話しさせてもらいます。「ジレンマ」という切り口で仏教と倫理の問題を見るとき、どんな論点が浮かび上がってくるか、皆さんと考えてみたいと思います。
 スライドに「議論をかき混ぜるための覚え書き」とタイプしました。講演のあとで「いい話だった」と思って満足した途端に内容が膝から落ちることのないように、皆さんが「えっ? この人何言っているの」という違和感を抱いて、あれこれ疑問を持っていただけるように、あえて極端な事例も織り交ぜながらお話しするつもりです。

・ジレンマとは何か?

 私は倫理学について素人なので、Wikipediaに飛びついてしまったのですが、ジレンマとは、「ある問題に対して2つの選択肢が存在し、そのどちらを選んでも何らかの不利益があり、態度を決めかねる状態。」を言います。これは倫理的ジレンマと言われるもので、これから皆さんと考えていくジレンマのことです。
 それから、「哲学・論争などの分野では前提を受け入れると2つの選択肢の導く結論がともに受け入れがたいものになることを示し、議論の相手を困らせる論法。日本語では「両刀論法」ともいう。」これもジレンマです。パーリ仏典『ミリンダ王の問い(Milindapañhā)』で、メナンドロス王(ミリンダ王)が投げかけるいくつかの質問はubhatokoṭika-pañhāすなわちジレンマ(dilemma,両刀論法)の形式をとっています。

・代表的ジレンマ「トロッコ問題」

 そこで、皆さんもご存知かもしれない倫理的ジレンマに、「トロッコ問題」があります。さまざまな思考実験の題材にされているものですが、Wikipediaの内容を要約しながらご紹介します。

 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
 この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。
 A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。
 しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。
 A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?
 なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。
 また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。
 あなたは道徳的に見て「許される」か、「許されない」か、で答えるものとする。つまり単純に「5人を助ける為に他の1人を殺してもよいか」という問題である。

 もし本当にそのような状況に置かれたら、その場で機転を利かせて問題を解決できるような気もしますけど、いろんな条件を付けて、あえて袋小路に追い込んだうえで答えを考えるという思考実験なんですね。

・仏教はジレンマを説かない?

 では、仏教ではこの「トロッコ問題」のようなジレンマについて、どう考えるのでしょうか? リチャード・ゴンブリッチ先生は、最近サンガから刊行された『ブッダが考えたこと プロセスとしての自己と世界』のなかで、こう説かれています。

「おそらく、ブッダの倫理観に観られるプラグマティズムは、それ〔倫理〕が議論の興味深いトピックへと発展すること――言い換えれば、倫理理論の発展――を妨げる方向に働いたのであろう。「価値の相克が真の問題となり得ることを、ブッダはきわめて稀にしか想定していなかったようだし、正典において、倫理的ジレンマが解決されない事例は、私が知る限り一つも無い。道徳的な善行を意味する最も一般的な語は「クサラ」だが、……これは文字通り には「巧みな」の意であり、知性こそが徳の核心なのだ。したがって、善行を為すことは、実際的な知性に関わる問題である。哲学的水準において、ある人にとっての善が、他人の善と相克し得る可能性については、まったく想定されていなかったように思われる。」(第11章、335頁)

 そうなんです。トロッコ問題などの倫理的ジレンマ論は二項対立が大前提です。二項対立を知性(智慧)で乗り越える(止揚する)仏教の中道的アプローチとは噛み合わないんですね。というわけで、以上終わりなんですけど、それでも、あえて仏教的な倫理ジレンマを想定してみる、という思考実験に挑みたいのです。

・仏教の不妄語戒をめぐるジレンマ

仏教徒が多数を占めるある国で、ささいなことから仏教徒と異教徒が衝突する宗教暴動が起きた。
ある仏教徒のもとに隣人の異教徒が「匿ってくれ」と逃げ込んできた。
そこに仏教徒の自警団が乗り込んできて「異教徒を匿っていないか?」と詰問する。
仏教徒としては、助けを求めるものの命を守ること(①不殺生戒)と、②不妄語戒を守ることのどちらを優先させるべきなのか?
このような「ジレンマ」をどのように解決すればよいのだろうか?

 ちょっと具体的なイメージを巡らせながら、自分ならどうするだろうか、と考えてみてください。いくつかの回答例があると思います。

答え①文字通りの「持戒」

異教徒を「匿っていない」と言うことは明確な「嘘(妄語)」です。
異教徒を自警団に引き渡せば、たしかに彼が殺される可能性はある。
しかし、自分が手を下すわけでもないし、自分からその隣人を殺せと頼んだわけでもないので、「殺生の罪」にはなりません。
「不殺生戒」の破戒は推測で、「不妄語戒」の破戒は具体的事実です。
釈尊も「嘘をつく者に犯せない罪はない」(ダンマパダ176)と仰っています。
戒律をまもる真面目な仏教徒ならば、 「不妄語戒」を守るために異教徒の隣人を自警団に引き渡すべきです。

 まぁ、形式的に整合性は取れているように思えますが、こんな理屈で窮地に陥っている隣人を自警団に引き渡すとしたら、その人は仏教徒以前に人間としてどうかしてますよね。仏教のキーワードをただ論理的な整合性だけに拘って並べると、こういう屁理屈も作れるのだ、という戒めとして受け取って欲しいと思います。他には、どんな回答が成り立つでしょうか?

答え②「妄語」の定義を調べる

「「妄(語)」とは詐欺を行おうとする者が起こす、他人の利益を破壊する語の加行または身体の加行である。詐欺を意図して、他をだまそうとしている者の、身・語の加行を起こさせる思(意思)が妄語である。……証人となって利益を破壊することを言ったときには、罪は大きい。」(『アッタサーリニー(法集論註)』より)
 仏典の定義を調べると、虚偽の発言で他人を陥れることが妄語である。
他の重要な罪悪(殺生、とりわけ殺人)につながる結果が予想される場合、他に不利益を与えない虚言は「不妄語戒」の破戒にならない。
 字面ではなく定義を確認すれば、その場で嘘をついたとしても、命を守ることを重視して異教徒を匿い続けるのが、仏教徒のあるべき姿だ。

 アビダルマにある「妄語(嘘)」の定義を調べて、①とは正反対の答えを導き出しています。ちょっと隔靴搔痒の感はありますが、①に比べればまだ納得度は高いかも知れません。

答え③戒律の「こころ」に従う――戒ではなく、戒禁取を破る

❶「他の生命を害さないため」❷「自分のこころを汚さないため」という戒律の「こころ」に照らせば、答えははっきりしている。
形式的な持戒に拘ることで他の生命が害される( ❶ )、そのことで一生後悔することになる( ❷ )ので、たとえ偽りを述べてでも、助けを求める生命を助けるべきであろう。

 とりあえず、正解を出すとすればこれかなと。❶❷が戒律のこころである、という具体的な出典は失念してしまいましたが、初期仏典を総合的に読めば、この二つに集約されるだろうと私は理解しています。
 一言でまとめると、戒律の「こころ」を守るため、時には(五戒のどれかの)形式を逸脱する可能性もある、という話ですね。
 余談としてさらに敷衍して考えてみましょう。よく預流果(第一の解脱)の条件として、「戒律(五戒)に穴がない」ということが言われます。その意味するところは、戒律のこころを理解しているゆえに、自由に行動しても疚しさ迷いが起こらないことではないでしょうか。戒律の項目ではなく、「こころ」ということに着目すれば、「表面的には自由に生きているが、戒律のこころ(不自損不他毀)を確立している状態が、真の仏教徒の持戒ではある」と言うこともできると思います。
 はい。余談のところは寝言だと思って忘れていただいて結構です。この不妄語戒をめぐるジレンマは、実際に起きた出来事ではなくてあくまで思考実験です。では、仏教の二六〇〇年の歴史のなかで、倫理的ジレンマにあたるような問題を見つけることができるでしょうか? 網羅的に調べることはしてませんが、いくつか思い当たるケースがあったので、次に紹介したいと思います。

・仏教史に現れたジレンマ

ジェンダー問題:(八敬法Aṭṭha-garudhammā)

 最初に紹介するのは、ジェンダー問題に関して起こった、「真理VS戒律」というジレンマです。比丘尼の八重法とは、釈尊の教団で最初の比丘尼(女性出家者)となった釈尊の養母マハーパジャーパティ・ゴータミー長老尼が、出家の条件としてお釈迦様から課された八項目です。
 比丘尼は、

1. たとえ出家後百年を経ていても、比丘には誰であれ(相手が新入り比丘でも)礼拝しなくてはいけない。
2. 比丘を罵ったり、謗ったりしてはならない。
3. 比丘の罪・過失をみても、それを指摘したり告発したりしてはならない。
(以下略)

という項目が並んでいます。1番目が強烈ですよね。八重法なる戒律規定では、どれだけ年長の比丘尼(女性)であっても、新入りの比丘(男性)に礼をすべきとされるのです。これら八重法の規定に不満をおぼえる比丘尼は多く、後にマハーパジャーパティ・ゴータミー長老尼が釈尊に撤廃を懇願したのですが、拒絶されたことが律蔵に記録されています。
 比丘尼の八重法は、その内容に深い意味があるというよりは、男女差別が激しかったインドで比丘尼サンガが迫害されないようにするため、つまり「仏教でも女は男に従属している」とアピールするために、釈尊が暫定的に取った解決策だったのではないでしょうか? ゴンブリッチ先生が仰るところの「ブッダの倫理観に観られるプラグマティズム」の顕れですね。ですから、八重法の制定は、「真理VS社会常識」というジレンマをプラグマティック(実利的)に解決した事例だと思います。もし釈尊が21世紀の現代に生まれて出家サンガを作ったとして、このような規定を設けることはちょっと考えづらいでしょうから。

 実際に釈尊の死後、第一結集が開かれた際、アーナンダ尊者は周囲の比丘たちから、「女性が如来の説かれた法と律において出家することを努力して実現せしめた、これは突吉羅罪である」と非難を受けています。(突吉羅というのは、懺悔すれば済む微罪なので、単なるお小言程度かも知れませんが……。)ですから、出家サンガのなかでも、なんで女を出家させるんだという批判は根強かったのだと思います。
 この八重法をなぜ仏教におけるジレンマ事例として挙げたかというと、この規定を適用すると、年長の比丘尼が阿羅漢で、男性比丘が有学または凡夫だった場合、真理の体得者が俗人に礼をする形になる。これは真理の法則に反することになるのではないか、と疑問を抱いたからです。ちなみに、テーラワーダ仏教国では、日本によくある(法華経由来の)合掌形の釈尊像はあり得ません。真理の体得者であるブッダが、俗人に向けて合掌することは法則違反だからです。
 直接、八重法について触れているわけではありませんが、本邦の道元禅師は、著作「礼拝得髄【らいはいとくずい】(『正法眼蔵』二十八)でこのように記されています。

「たとへば、正法眼藏を傳持せらん比丘尼は、四果支佛および三賢十聖もきたりて禮拜問法せんに、比丘尼この禮拜をうくべし。男兒なにをもてか貴ならん。虚空は虚空なり、四大は四大なり、五蘊は五蘊なり。女流も又かくのごとし、得道はいづれも得道す。ただし、いづれも得法を敬重すべし、男女を論ずることなかれ。これ佛道極妙の法則なり。」

 道元禅師は、「真理の体得者が礼拝を受けるべきことに、男女の差は成り立たない。得道の比丘尼が比丘(男僧)から礼拝を受けるのは当然のことである」と説くのです。道元禅師は比丘戒を受けませんでしたが、知識としては八重法を知っていたはずです。地域特性や時代背景に合わせてプラグマティック(実利的)に制定された戒律と、真理としての仏法の間のジレンマを、真理の側に立って打開した例と見なせるのではないかと思います。
 次にご紹介するのは、もっと物騒な「不殺生戒」をめぐるジレンマです。

殺人を肯定する「仏教」の論理

 言うまでもなく、仏教では「不殺生」という戒めを説きますが、仏教の歴史を通観してみると、ときに殺生もとい殺人を犯すことを様々な理屈を持って正当化してきたケースがあるんですね。これは正確にはジレンマと呼んで良いかわかりませんが、不殺生という戒と他の仏教的な価値を対置することで、後者のために殺人を不問にふす、正当化するというロジックになっています。時間がないので、三つだけご紹介しましょう。

*邪見の人を殺すのはアリを殺すより罪が軽い?
 北伝のアビダルマでは「邪見に凝り固まって善根が断たれている人を故意に殺すのと、アリ(蟻)を故意に殺すのと、どっちの罪が重いのか?」という議論がなされました。説は二つ挙げられています。

1. 殺すものの煩悩(殺意)が等しければ罪は同じ。
2. アリ(蟻)を故意に殺すほうが罪が重い。なぜならアリとはいえ(邪見者と違って)善根が断たれていないから。(『倶舎論註ウパーイカー』)

 後者の説を敷衍して「邪見者」を非人間化していくと、「仏教を攻撃する異教徒は邪見で善根が断たれているから殺しても罪にならない」という殺人肯定の論理にたどり着くのです。二十世紀後半、インドシナ半島で米ソの代理戦争が行われていた頃、反共主義が強かったタイでは、「邪見者である共産主義者を殺しても殺人にならぬ」と吹聴する僧侶がいたと読んだ記憶があります。

*相手の成仏(よい転生)を願って殺すのは罪にならない?
 夢窓疎石(夢窓国師。鎌倉末期から南北朝時代の禅僧)の著作『夢中問答集』によれば、加持祈祷を旨とする日本の真言密教では、次のようなことが語られていたそうです。

「或は云はく、彼の敵【かたき】を早く殺して成仏せよと調伏する故に、罪業とはならずと云云。」

 密教の秘法で呪殺する場合、「敵を殺して成仏させて(高い精神的境地に導いて)あげようと調伏するわけだから、殺生の罪にならない」と。いやはや、無差別テロ集団オウム真理教が殺人を正当化した「ポア」と同じ論理です。オウム真理教のロジックは、決して突然変異的に現れたものではないんですね。この説を夢窓疎石は次のように嘲笑しています。

「もししからば、憎き敵を祈り殺して、成仏せしむよりは、先づ我がいとほしき人を祈り殺し奉りて、仏に早くなしたてまつらばやと、世にもどかしくこそ覚ゆれ。(そうやって呪い殺されても、次に生まれ変わる時に成仏できるんなら、マジめでたい話だろ。もしそういうことなら、憎い敵を呪い殺して成仏させるより先に、自分が愛してる人を呪い殺してブッダにしてあげたいものだと、ホントじれったく思うわぁ。)」

 慈悲のための人殺し、という詭弁に対する批判も昔からきちんとあったのだと思うと、ちょっとホッとしますね。

*三帰依五戒を守らない人を殺すのは獣を殺すのと同じ
 三番目は代表的なテーラワーダ仏教国であるスリランカのケースです。古代スリランカのドゥッタガーマニー王は、スリランカの北部を支配していたインド系異教徒のエーラーラ王(徳のある王だったとされる)と戦って勝利した英雄として知られています。
 彼は挙兵する際、自らの槍先に仏舎利を仕込んで仏教徒の聖戦を演出しました。敵王エーラーラを殺し戦争に勝利した後、スリランカ仏教サンガの長老たち(八人の阿羅漢たち)は大量殺戮を懺悔する(ふりをしていた?)ドゥッタガーマニーをこのように慰めるのです。

「その業(戦争による大量殺戮)が、御身の天界に生まれる道に差し障ることはありません。人間の王よ、ここでは、ただ一人半の人が殺されただけです。一人は三帰依しており、他も五戒を保っていましたが(※エーラーラ王のこと?)、他は邪見ならびに悪行の輩で、獣類に等しいと思われます。御身はまた様々な方法でブッダの教えを輝かしなさい。そうすれば、人間の王よ、あなたの心の憂いは払拭されるでしょう。」

 ここでは、王が殺戮したダミラ人(インド系民族)を「邪見ならびに悪行のやからで、獣類に等しい」として、殺生を正当化しているように読めます。①のケースとも少し被りますが、仏法を守る(護法)という「崇高」な目的と、殺してはならぬ(不殺生)という仏教の戒律がぶつかったジレンマですね。
 阿羅漢たちの(とされる)言動について、仏教的にはどのように解釈・評価するべきなのでしょうか? いくつかの回答例が考えられると思います。

1. 仏教本来の教えから外れているが、王室の庇護を受ける比丘サンガが王の機嫌を損ねるわけにはいかない。歴史的な成り行きとして、そのような詭弁も仕方なかった。
2. 阿羅漢の言葉なので批判すべきではない。ドゥッタガ―マニー王は仏教のために戦争したのであって、そのために異教徒を殺すのは些細な罪でしかない。 
3. 歴史書の記述はどうせ権力者に都合のいい虚飾なので、「阿羅漢がこのように言った」という記述も真に受けるべきではない。
4. 阿羅漢たちの皮肉である:「殺した相手が禽獣であれば、その禽獣を殺したお前(大王)も獣と同じこと。戦争とは禽獣の争いと同じ。お前はこれまで獣のように生きてきたが、これからは改心して仏道に励め」という意味を婉曲に伝えた。
 
 仏教徒としての心情では3か4であって欲しいと思います。しかし、実際のところはどうだったのでしょうか? どのように解釈してみても、心にモヤモヤが残ってしまう話です。

スリランカ仏教サンガの「カースト差別」

 次は、現在の仏教宗派のあり方にも関わるジレンマです。スリランカ仏教主要三宗派のうち、最も伝統の古いシャム派では、出家資格をゴイカマ(農民)カーストに限っているのです。これは奇異なことに思えますが、歴史的経緯があります。スリランカでは、戦乱や政情不安、天災などの影響で比丘サンガの伝統が何度か公式には途絶えてしまった時期がありました。その都度、他国から戒律の伝統を移入して、サンガを再興したのですね。
 そんな歴史のなかで直近の比丘サンガ復興が行われたのは十八世紀です。その際、タイから戒律の伝統を再輸入したことから、スリランカの主流宗派はシャム派と呼ばれています。そこで、なぜ出家時にカーストで選別を行うことになったかというと、スポンサーとなった国王(王法)から「不品行な低カーストの者たちを出家させるな」と圧力を受けたせいだとされるんですね。王法VS仏法の対立というジレンマで、仏法側が妥協したのだ、ということだと思います。
 この規定は当然ながら「四姓平等」をとなえたブッダの教え(仏法)に反すると批判され、その後、スリランカで宗派が分立する原因ともなりました。現代の人権意識の基準から見ても、褒められたものではない規定ですが、いまだ形式的には続いているのです。これはおそらく、仏教サンガの権威(無謬性)を侵したくないためだと考えられます。

 ここまで、あえてジレンマという形式に落とし込む形で仏教史の諸問題を紹介しました。ジレンマを説かないはずの仏教の歴史で、なぜジレンマが起こるのか。お釈迦様の教えは完全である(svākkhāta善説)とされますが、その完全さはジレンマと無縁であることを意味しないんです。ある仏典に記録された対話を読んでみましょう。

・阿羅漢も迷う―― 『ミリンダ王の問い』より

『ミリンダ王の問い(milindapañhā)』に、紀元前にインド北西部を支配していたメナンドロス大王(ミリンダ王、ギリシャ系植民王国の主)と仏教僧侶ナーガセーナ長老との対話が記録されています。成立が早いとされる前半部分に、興味深いやり取りが出てきます。

大王「尊者よ、(阿羅漢は)迷うでしょうか? あるいは迷わないでしょうか?」
 長老「大王よ、ある事柄については迷い、ある事柄については迷わないでしょう」
 大王「尊者よ、どのような事柄については迷い、いかなる事柄については迷わないのでしょうか?」
 長老「大王よ、まだ知られていない技術の領域、あるいはかつて行ったことのない地方、あるいはかつて聞いたことのない名称・表記については迷うでしょう」
 大王「どのような事柄については迷わないのでしょうか?」
 長老「大王よ、(悟りの)智慧により、『無常なり』『苦なり』『無我なり』とされた事柄については迷わないでしょう」(『ミリンダ王の問い』第一篇第二章)

 真理に関わらない時事的・社会的な事柄については阿羅漢も迷うのだ、というのですね。敷衍すれば、「サンガも迷う」ということでしょう。
 先ほどのケースに照らせば、ドゥッタガ―マニー王への阿羅漢たちの言葉も、シャム派サンガのカースト排除も、その当時の社会状況ではジレンマへの穏当な対応だったかもしれません。でも、それは歴史的な文脈を超えて、普遍的に正しいとは言えないのです。(もっと言えば、お釈迦様が比丘尼サンガに八重法を課したことも、他の選択肢がありえない永遠の真理であるというよりは、古代インドの社会状況においてはそうせざるを得なかった、ということに留まると思います。)
 現代に同じことをしたら、仏教サンガは社会的非難を浴びることでしょう。阿羅漢や仏教サンガの言説や行動であっても、社会に関わる限りにおいて、それは相対的な正しさに留まらざるを得ない。
 仏教は出世間の道を世間の只中で指し示さなくてはいけないのですから、絶えずジレンマに直面して、そのつど智慧と慈悲と駆使して、永遠にトライ&エラーし続けなくてはならないのだろうと思います。
 余談になりますが、経と律から独立したアビダルマが生じたこと、テーラワーダ仏教の社会で繰り返し歴史書が編纂されて、自らの正統性が主張され続けたことも、このような仏教の宿命に関わっているのかもしれません。

 仏法は不変だが、変化しつづける社会との関係はアップデートが必要、ということですね。仏教の伝統的なポリシーとして、ブッダの言葉は「言ったとおりそのまま真理」とされますが、比丘サンガの戒律に関しては、お釈迦さまの生前、何度も訂正されています。一度定めた戒律規定がどんなハレーションをもたらすかということについては、釈尊であっても完全に予想できなかったからです。
 仏道修行に関しても、指導のアプローチは変化し続けました。釈尊が新入り比丘たちに「不浄観」を教えたところ自殺者が相次いだため、アーナンダ尊者の懇願で「呼吸瞑想」に指導を改めた、という話は比較的有名ですね。(『律蔵』など)

 お釈迦さまはその遺言のなかで、「比丘サンガは、わたしの滅後には、もし欲すれば些細な小さな戒律箇条は、これを廃止してもよい」(長部16『大般涅槃経』 )と明言されました。しかし、第一結集の際、サンガ全体の方針として戒律項目はそのまま残されたのです。それは釈尊の教えの柔軟性をあえて弱める「意識的選択」でもあったわけです。

・ブッダは「分別論者」である

 まったく散らかったまとまりのない考察になってしまい恐縮です。お口直しに、またリチャード・ゴンブリッチ先生の著作から引用いたします。

「道徳的な善行を意味する最も一般的な語は「クサラ」だが、(第1章で指摘したように)これは文字通りには「巧みな」の意であり、知性こそが徳の核心なのだ。したがって、善行を為すことは、実際的な知性に関わる問題である。哲学的水準において、ある人にとっての善が、他人の善と相克し得る可能性については、まったく想定されていなかったように思われる。」

 ブッダは倫理的ジレンマが起こる可能性を想定していなかった、ということですね。ここまでは、すでに紹介しました。続きです。

「むろんそうした問題は、律蔵の実際的水準においては頻繁に生じているが、ブッダはつねに答えを用意していた。王がブッダに対して、兵士――つまり脱走兵――への授戒を止めるように求めると、ブッダは要求に応じ、これを禁じた。ブッダが文脈に関わりなく、絶対的な道徳価値を説くことはめったになかった(※ゴンブリッチ先生は、その例外は「慈悲喜捨」としています)。例えば、真実はきわめて重要な価値である。しかし、息子が敵の凶暴な兵士から逃げ隠れている時、追ってきた兵士たちに息子の居場所を聞かれた母親が、真実を話すべきかという典型的ジレンマにおいて、ブッダが母親に真実を話すようにと告げるところは、想像し難い。彼は自分が「ヴィバッジャ・ワードー(分別論者)」だと口にするであろう。」(第11章、335-336頁)

 ブッダは「分別論者」である、というキーワードを提示したところで話を終えたいと思います。ご清聴に感謝いたします。

※前座に続いてのスマナサーラ長老ご講演内容は『道徳ロボット――AI時代に欠かせない「幸せに生きる脳」の育て方』サンガ,2019に掲載されています。ぜひお読み下さい。

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~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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