見出し画像

広く学び、その後の進路選択に活かせ!

 高校までに授業で受ける科目って、何だかやたら多いですよね。

 私の大学受験は5教科7科目の1,000点満点の共通一次世代ですから、広く学んだ方だと思います。

 私は、数学に関しては、努力して努力して、何とか最低ラインの点数が取れていたのですが、数学は本質的に好きでなく、私の好きな科目は、国語と生物だったわけです。

 共通一次試験も、東京大学の二次試験も、国語に現代文のほか、古文・漢文も入っていましたから、今思うと理系なのに不思議だなと感じるのですが、国語は古文・漢文も含めて、えらく一生懸命に勉強したものです。

 周りの高校の男子生徒が全員、理系であり、私も、生物に興味がありましたから、理系を選択しましたが、致命的だったのは、理科について、生物と化学を選択し、物理を選択しなかったことでした。

 物理が嫌いだったわけではないのですが、物理を選択しないと、受験の選択肢が狭まるよとも誰も教えてくれず、興味の赴くままに、生物を選択してしまい、物理の基礎素養のないままに、大学に行ってしまいました。
 ※1~2年生の教養課程で、そのために大変苦労をしました。

 理系の受験は総合得点で突破できたのですが、私は、今から見ると、どう考えても理系寄りではなく、文学とか社会学とか哲学とかの方に関心が高い文系寄りだったわけです。

 どうして、おまえは文系だよ、と誰も教えてくれなかったのでしょうか。当時の都立高校は、全くの放任主義であり、教員との進路相談の機会すら全くなかったんですからね。

 経済評論家の森永卓郎氏は、私と同じく理科二類出身ですが、最初の大学の数学の講義で、全く理解できなかったことに衝撃を受けたと言い、そのことから、文系である経済学部に進学したとその書籍で言っていました。

 私も、同様の経験をしています。数学の一発目の講義は、「わかるもんなら、わかってみぃ~」みたいな講義でした。今は、学生に少しは優しい講義をしているのでしょうか。

 私は、同様の観点もあり、3~4年生の専門課程で、農学部の中の経済学を学ぶ学科に進学しましたが、これにより、初めて大学で主体的に学ぶことを選択できました。ただし、経済学は、数学を使う科目であり、数学の素養は、何だかんだ役に立ちましたがね。

 しかしながら、得意不得意はあるにせよ、大学受験までに、広い分野で、かつ、量的にも多く、学んだことは、私に複眼的な視野をもたらしてくれました。

 また、他の大学のことはよく知らないのですが、他大学の理系の人って、教養課程で法学とか経済学とか心理学とか、取っていないみたいじゃないですか。これって、どうなのって思いますよ。教養課程って、そういう幅広な、領域横断的なもんかなと思いますよ。

 高校・大学教養課程までの広い分野での学びが、自分にはどういう分野がいいらしいってことを教えてくれたような気がします。

 少なくとも、大学に入ってから、自分は本質的に、理系じゃなかった、と気付き、結果として、文系的なところに進学できたのですからね。

 農学部の同じ学科の学生には、総合得点で決まる合格点は取れたので、大学は理系に進んだけど、実は本質的に理系じゃなかったと感じている人が多かったです(>_<)。

 東京大学の専門課程を決める進学振り分けは相当に熾烈ですが、自分の適性を見極めるのに、一定の猶予期間を与えてくれたことには感謝できると思っています(^^)。

 少なくとも、高校までは、毛嫌いなどして、科目を限定することなく、とにかく広く、そして、量的にもめげずに学び、自分の適性を見極めた方がいいと思います。

 そうすると、自分はどういう方面向きかってことを、心がささやいてくれますからね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?