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舞台『人類史』感想

先週、KAATへ『人類史』を観に行ってきました。
『サピエンス全史』からインスパイアされた舞台で、ダンスと芝居(あと少し歌も)で壮大な時の流れを描こうとしていてとても興味深い作品でした。ただ、見ていて違和感に感じることも多く、言語化するために感想を少しまとめてみます。

※サピエンス全史は読んだことがあるけど、結構忘れているという感じです。谷さんの戯曲は未読なので、本当に見ただけの印象で書いています。

第一幕の感想

一幕は全体的に楽しかった(私が芝居よりダンスのほうが好きというの大きい気がする)。

一番印象的なシーンは、人が生まれ、死んでいくだけの時代。一見ただの繰り返しに見えるけど個別性があって、長い時間をかけて人類は進化していく。ここのシーンがかなり印象的で好きだった。今私達が経験しているような社会の進歩もなく、ただ生まれ、死んでいく何百万年間だけど、それこそが生物の本質だ、という感じで。後ろの映像で、血が流れていくのは少し気になった。埋葬もない時代の話であり、生と死が無機質に描かれている中で、血の映像が流れると、どうも負の印象で映るのでずれを感じた。

二足歩行と言語の獲得のシーンは、かなり情緒的な面が強調されている印象で純粋に驚いた。サピエンス全史ではどういう話だったのかあまり覚えていないけど、感情より、科学的・社会的機能に基づいた進歩の話という印象だったので。裏を返せば、本では抜け落ちていた、人間の情緒的な歴史を、ダンスや演劇をもって想像しようとしていたのかもしれない。ただ、農耕から身分制の誕生などは、もう少しマクロに、必然的な歴史の流れが描かれるのかなと思っていたので、説明文でさらっと終わってしまったのは残念だった。そういうマクロで抽象的な物語を表現できるのがダンスの力なのかなとも思ったり。全体的に、時代のつながりを説明するというよりは、人類史において重要な箇所をかいつまんで流れにしたという感じだったのかな。

ダンスは全体的に、ダイナミックながらも一つ一つの動きはシンプルで、ダンサーと俳優さんの動きの差があまり見えないようにうまく作られていると感じた。あまり見ていて違和感を感じるということはなかった。

第二幕の感想

第二幕は、面白くはあったものの、少し背景の説明が多く冗長な感じもあった。あまり背景を知らない人への配慮ということなのだろうか。異端についての話が少し長すぎて、正直飽きてしまった(ガリレオのお弟子さん?の弁明→でもやっぱり異端は異端→ガリレオが現れて弁明→でもやっぱり異端は...と同じ話が2回続いた気がした)。カトリックの権威への固辞、非論理的な態度について表現したかったのかもしれないが、見ているのは少し辛かった。

ジェンダーの話にも少し触れられていたのは良かった。女性は大学に行けないけど、学問に性別はない、という話。ただ、実際あの時代にそのように納得できた男性はいたのだろうかという疑問も。ここも情緒的な面が強調されすぎていて、人類史と題した作品としては少々違和感。ジェンダーについて描くのなら、男女が時間を超えて惹かれ合うという演出は個人的にはNGだと思った。第二幕ではもちろん恋愛的要素はないので、その点で異性愛を否定し、男女の別の関係のあり方を提示しているとも言えるかもしれないが、実際の歴史とは合っていないし、規範的なジェンダー観を転覆するには弱いのでは。そもそも、言語を獲得する前の時代を描く際に、男女の繋がりを強調すること自体が異性愛規範的な表現な気がしてしまう。ジェンダーは主題ではないので、別に造り手たちはこんなことまで考えてないのかもしれないけど、どうしても引っかかったので。

最後、現代まで一気に駆け抜けていく中で、進歩の喜びが疑いに変わる一瞬はとても良かった。「新型コロナウイルスのワクチンが開発!シンギュラリティ突破!不老不死を実現!」今の絶望的な世の中を示すようなセリフだった。このまま進歩したってどうする、そもそも進歩はあるのだろうか、と考えさせられるような終わり方だった。

全体的に違和感を感じた点についてばかり述べてしまったけど、これを書こうと思えるくらいパワーのあった主題・パフォーマンスだったということだと思う。Twitterで谷さんが溢していた、再演の難しさや公的支援の問題についても考えさせられた。こういう先進的な作品が、大規模にたくさん上演できて、もっと質の良いものがばんばん各地で見られるようになるには、個人の努力というより、演劇業界や文化政策自体が変わっていかないといけないということを強く感じた。


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