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その2 ごく個人的な偶然に満ちた「哀れなるものたち」の読書メモとイングランド&スコットランド旅行記 (エジンバラ、歯ぎしりの聞こえる古都の一日)

その1はこちら
◾️3日目、エジンバラの街の中心、そして観光のハイライトとなるエジンバラ城へ。6世紀ごろから、天然の要塞である急峻な地形を利用して築かれたケルト人の砦を起源とするとのこと。「おれも領主だったらここに城を建てるわ~」と言いたくなる切り立った地形に立つ山城。去年行ったスペインのロンダとかもそうだけど、”自然の要塞”と言われるような崖上、敵襲が監視できる地形のところに建ってる城や古い街っていうのは必然性と用の美があってかっこいい。あとから威光を示すために平地に作ったでかい城とは違う。6世紀頃というと、日本でいうと飛鳥時代。聖徳太子とかいた頃。法隆寺とかと一緒か…


■いざ、エジンバラ城へ向かう。山城であるエジンバラ城へと続く参道のような坂道、通称オールドマイルをお城まで歩く。古い建物は黒く、苔むしたような石壁。陰鬱な感じがたまらない。

観光客はつねに大量に
陰鬱、それこそがスコットランド
本物がいる。スチュアートタータンを着た本物が。
魔力の有無は、尖塔の先に宿ったり宿らなかったり


エジンバラ城入場まち。



私のスコットランドへの見方は、このエジンバラ城訪問から以降、一変した。
エジンバラ城の展示の多くが「スコットランドの正統性の主張」。もとはスコットランド王国だったこの地は、いまや大英帝国の傘下に。別の言葉で言い換えると「イングランドに負けた悔しみ」でみちみちている。
エジンバラ城を訪ねるとスコットランド人の悔しみの歯ぎしりが聞こえるようになる・・・・

■エジンバラ城の展示の一つが「Stone of desitine 運命の石(スクーンの石)」とも呼ばれるスコットランド王家の守護石。そんなにパワーがありそうに見えないけど、これがイングランドやスコットランドで王位戴冠式のたびに使われてきた”王権を司る石”なのだそう。ほんと?

世界的に、石にパワーを託しすぎ

わたしは”石のパワーを奪い合う”式のファンタジーの戦いものにまじで興味持てないんだけど(アベンジャーズとか) 、この石、700年イングランドに奪われてて、やっと1996年にスコットランドに返還されてきたんだそうだ。
人さまの家の伝統にケチを付けるのは失礼なのは承知の上で思った。

(まだ本気でやってんのか・・・)と。

■その他の見どころとして、スコットランドの王妃メアリーがジェームス王子を生んだ、意外に質素な産室も見学できる。メアリーはイングランドの王位継承権も持っていて、当時のイングランド女王エリザベスとはバッチバチのライバルだったらしい。世継ぎのないエリザベスとしては女性でいとこ同士頼り合う、そして王座をかけてにらみ合う関係だったらしい。複雑。
メアリーが政敵に狙われず”安全に子供を生むならここしかない”と選んだのがエジンバラ城だった。(「メアリーとエリザベス 二人の女王」というタイトルでシアーシャ・ローナンとマーゴット・ロビーで映画化もされている)。

メアリーはシアーシャ。でもアイルランド人。

スコットランドのジェームス王子は世継ぎのいなかったイングランド女王エリザベスの死後、1603年にスコットランド王と兼務する形で、イングランド王になった。

その後、1707年にスコットランドとイングランド王国が連合条約を結び(実際にはスコットランドが合併された側)、グレートブリテン連合王国が成立。このあたりがスコットランド人にとっての ”くっそー!!!俺達スコットランドの王、ジェームスがイングランドも治めて、いいとこまで行ったのに!チクショー!!世が世なら!!” という悔しみポイントマックスな気がする。(個人の感想です)

■そしてエジンバラ城、最大の見どころは、クラウンルームにある「3種の神器スコットランド王冠、剣、王杖」。

なんで権威あるものは”三種”がすきなんだ??

昨日、ドヤな塔で初めて知ったスコットランドの生んだ大作家ウォルター・スコットがここでも出てきた・・・!これらの王家の宝物は、1707年の連合条約以来、スコットランド王室が廃止されて用無しになり、エジンバラ城の中で封印されて100年以上忘れられていたのだそう。それをウォルター・スコットが捜索するように要請して、1818年エジンバラ城で再び発見された。

こんなキラキラしたものを”100年忘れてた”もすごいけど、スコットランドの王権の象徴を再発見したウォルター・スコットが、スコットランド人から「ようやった!グッジョブ」ということで絶賛され、いまだスコットランド愛国のアイコンとなっているのだった。

分かる。一時誇った権勢を失ったあとに、それを取り戻すきっかけになった中興の祖みたいな人って崇めたてられがち。ちなみにスコットは作家、詩人、弁護士、政治家とかめちゃマルチな才能を発揮したそうだが。
作家と愛国と政治が組み合わさるとあまりいいことはない気がする。(石◯慎太郎とか。)

■戦争関連の展示はすさまじい量。イギリス軍の中に位置するロイヤルスコットランド連隊がどんだけ勇猛果敢に戦ってきたか!という歴史もたっぷりある。軍服、旗、メダル、憲章、武器などこれでもかという展示量は、現大英帝国が世界に出ばって戦って、勝って支配してきた歴史の長さでもある。全盛期には全世界の陸地と人口の4分の1を版図に収め、世界史上最大の領土面積を誇ったそうだ。イングランドとは対立関係にありながら、他の国には共同でガンガン攻め込んで戦ってきた、憎いけど強いパートナー。愛憎!

古いものは手作りで可愛らしさもある。
子供の鼓笛隊衛兵?たちの制服。可愛く、そしてかわいそう
戦争にまつわる手仕事が持つ迫力と念は時空を超えて伝わる

ちなみにトニーブレア首相の時代、1999年にスコットランド法(Scotland Act 1998)に基づいてスコットランド議会を再設立し、多くの自治権を持つようになったのだそう。1707年の合併から300年近くたって再び自治権を獲得・・・感慨ぶかかったことだろう。

□「哀れなるものたち」には主要なキャラクターが3人出てくる。その一人がイングランドのマンチェスター出身の女性「ベラ・バクスター」。25歳の彼女は妊娠中に傷心のすえ、スコットランドのグラスゴーを流れるクライド川に身投げして自殺する。その死んだ彼女の身体と、彼女が身ごもっていた赤ちゃんの脳を組み合わせて、人造人間のようにベラを生き返らせ、生み出した、とされるのがゴドウィン・バクスターというスコットランド人の天才外科医。その特殊な二人の間にクッションのように存在するアーチボルト・マッキャンドルスというこちらもスコットランド人の若い医師。

この本は、語る人によって、それまでに語られてきた人物像がどんどんひっくり返されていき、まったく違って見えてきて、最後まで真実はわからないというミステリーになっている。

しかし、どのような目線であれ、おおむねイギリス人は権威や金にこだわるイケ好かないやつらで、そしてスコットランド人はなんらかのコンプレックスを抱えていながらも、心はのびのびと自由で、本質を突く純真さと優しさを保つものたちとして描かれている。

イギリス人のヴィクトリア・ブレシントンとして抑圧されていた女性は、グラスゴーのクライド川に飛び込み、スコットランドの水にバプテスマのように身体を浸すことで、スコットランド人女性「ベラ・バクスター」として生まれ変わり、自由な精神を得て、生き直すチャンスをもらう。

アラスター・グレイ自身が、スコットランド独立主義者であり、また社会主義者でもあった。「哀れなるものたち」が書かれたのは1992年、彼が58歳のときの作品。

生まれ変わりたい、自由になりたい、なりたいものになりたい。それは精神世界の中ではいくらでも実現できるもの。ベラ・バスクターを作り上げたのは、ゴドウィンであり、アラスター・グレイ自身である。そしてきっとベラ・バクスターもアラスター・グレイのなりたかったもう一つの自分なんだろう。

アラスター・グレイが、ニヤニヤと、読者をだまくらかす仕掛けを巡らせながら創り出した、新しいようなクラシックなような、そして間違いなく巧みなこの「哀れなるものたち」の世界。個人の無限の想像力には、政府も国籍も関係ない。携帯の画面のKindleの小さな画面の中で大きく広がる世界。昼にみたエジンバラ城の壮大さをはるかに凌ぐスケールで。

■魔法都市エジンバラ。魔力のありそうな民、スコットランド人。それを分かってて、アラスター・グレイが書いた魔導書のような「哀れなるものたち」。
私はこの街にもう来ないかもしれないけれど、この魔法は私が死ぬまで解けないだろう、なぜなら!だまされるのは楽しいからだ。

4日目は、エジンバラからレンタカーを借りて、いよいよ旅はスコットランド北部のハイランドへ。

その3はこちら


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