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半径5キロ制限のロックダウン生活が始まる

オーストラリアのシドニーは8月16日から、今までで最も厳しい「外出は自宅から半径5キロ圏内だけ」という制限付きのロックダウンに移行する。外出といっても、許可されているのは生活必需品の買い出しと、医療、運動くらいだ。

ロックダウンの影響なんてないと思っていた

これまでも、これからも、仕事に伴う外出(出勤)については、医療者や食品店従業員、デリバリーのほか社会インフラを支える「エッセンシャルワーカー」の例外は当然ある。該当しない人は、在宅ワーク、または休業だ。これはロックダウン開始当初からほぼ変わらない。

在宅ワークの僕は自宅でパソコンに向かう日々で、実際のところ、どこから仕事をしていようが業務内容も仕事の質も同じだ。社会と仕事環境の大きな変化による痛手を被らなかったことは喜ばしいし、その上、自分のペースで働ける在宅ワークが性に合うこともラッキーだった。

だからこそ、自分はロックダウンの影響を受けていないに等しいとすら思っていた。オフィスへの出勤がなくなったことを嘆く人を見ては、何をそんなに大騒ぎするのか、と解せぬ思いもあった。面倒な上司や部下に振り回されず、同期の無駄なおしゃべりに巻き込まれることもなく、通勤によるタイムロスもないのに、何が問題なのだろう、と。

気分の落ち込みは突然に

仕事も含め、生活は順調だった。決められた距離までしか外出できないことも、友人と会えないことも、特にストレスとは感じていなかった。

それなのに突然、数日前に不思議な不調におそわれた。朝起きた瞬間から、ものすごく全てが憂鬱で体が重い。上体を起こすことも、なんなら腕一本動かすことも、面倒で辛くてできない。意識ははっきりしていて、熱も頭痛もなく、よくあるような体調不良による倦怠感や疲労感とも違う。コロナでもなさそうだ。

どうにか起き出して、食べる気力も食欲も全くないので飲み物だけ流し込んでから数時間、ニュースを流し読みしつつ、毎日のルーティーンとなっている「最新の感染者数」をチェックする。数字がどうだったかは覚えていないが、スマートフォンでその画面を開こうとしたとき、起き抜けから続いていた憂鬱感が一段と重く体にのしかかるのを感じた。

ストレスは、見えないけれどもあったのだ。毎日上がり続ける感染者数、厳しくなるロックダウン、先の見えない感染状況、道ですれ違う人が感染者ではないかという不安、外での運動の休憩中にルール違反者と誤認されないかという懸念。一つひとつは気にならないほど小さくても、1グラムの砂も1000粒集まれば1キロの重さになるように、それは確かに存在して、人の心に何かしらの重さを加えているのだ。

ストレスを認識する

ロックダウンそのものがストレスかどうかより、この閉塞感のある状況下で、平常心でいることは想像以上に大変なことなのだ、と初めて体感として知った。悟りの境地の禅僧でもあるまいし。頭では分かっていたことだが、きっと誰もが多かれ少なかれ、ストレスを受けている。

自分は大丈夫、という感覚こそが、心を守るための防壁だったのかもしれない。

それに気づいてからは、途方もない憂鬱感も「仕方ない、こういう時もある」と捉えられるようになり、とはいえ何かに生産的に取り組めそうもなかったので、全て投げ出して寝ることにした。

驚くほどすんなりと眠りに落ち、遅い昼食から日没までの数時間をひたすら眠り続けた。よくもそんなに眠れたものだと自分でも感心するが、物音や家族の気配で軽く眼を覚ますたびごとに、少しずつ憂鬱感が軽くなっているのを感じた。

ストレスを受けた脳が休みたがっていたのかもしれない、と寝ぼけた頭で思った。長い昼寝の後にもかかわらず、その夜もよく寝て、翌朝にはすっかり気分が良くなっていた。

ロックダウンの範囲拡大と厳格化

昨日土曜に発表された、シドニーを含むNSW州の新規COVID-19感染者数は466件だった。シドニーでは初の400件台という数字が重い。しかも、300件台だったのはほんの数日前で、増加のスピードは上がっている。州都シドニーだけでなく、州内の地方部でも感染が広がり始めたことに伴い、ロックダウンは州全域に適用されることが決まった。冒頭で書いた5キロ制限もある。

前回「ロックダウン中のシドニーで暮らす」でも触れた通り、外出のルールを破って遠方まで出かける人もいて、感染拡大の一因になっていることは明らかだ。十分なワクチン接種率の達成まで、人流を制限する以外に効果的な感染抑止方法があるとは思いにくい。

5キロ制限の決定にかすかな心理的圧迫をおぼえつつ、いつも車で買い物に行くスーパーマーケットや小売店を調べたところ、全てがみごとに5キロ圏内だった。なんだ、元々5キロ制限を勝手に実践していたのか、と少々気が抜けた。

そもそも最近は人との接触を避けるため、オンラインショッピングをメインにしているので、店に赴く機会はそう多くない。食べ物やドリンクのテイクアウェイ(「持ち帰り」を意味するオーストリア英語)はまだ許可されているとはいえ、感染機会をできる限り減らすため、淹れたてのコーヒーひとつさえしばらく買っていない。

でも、料理は家でできるし、それなりに美味しいコーヒーも淹れられる。ロックダウンの厳格化の前に、見えないストレスを自覚できたのも、良いことだったように思う。とりあえずもうしばらく、こんな調子で半径5キロ圏内で、ロックダウン中のシドニーで暮らしていく。

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